◎夢の話 第959夜 公園
九日の午前三時に観た夢です。
我に返ると、人気のない公園の一角に立っていた。
公園と言っても都市部にあるようなそれではなく、山岳の麓に作られたものだ。
陽気の良い季節の休日なら沢山の人が訪れようが、行楽シーズンを外れた平日なら殆ど訪れる人も無い。そんなところだった。
ゆっくりと奥に進むと、突き当りが藪だった。
藪の間に小さな道が見えたので、灌木を分け入って中に進んだ。
そっちにもさらに開けた場所があったようだが、入り口付近で崖崩れがあり、道がふさがれてしまったのだ。直しても、いずれまた崩れるからそのままにしてある。
さらに進むと、周囲を柳の木々に囲まれた斜面に出た。百㍍四方の丘陵地で割合、雑草なども少なかった。
「普通、一年も放置したら、草で覆われてしまう筈だが・・・」
手入れをした気配がないのに、草丈が低い。
周りが柳の大木だということもあり、物寂しい気配が漂っている。
そのまま斜面の外れまで行き、さらに奥にある森に向かおうとすると、柳の枝の合間で何かが揺れているのが目に入った。
「何だろう」
何気なく、近づいて樹の上を見上げる。
「うひゃあ。なんてこった。仏さまじゃないか」
柳の太い枝に縄をかけ、人がぶら下がっていた。
かなり時間が経っているらしく、ほとんどお骨の状態に変わっている。
柳の幹には低い部分に手を掛ける枝分かれがないから、よほどの決意を持って上に上ったのだろう。
携帯を取り出し、警察に連絡しようとしたが、電波が届かぬところで繋がらない。
だが、ここはかなり高所だから、さらに上に行けば、たぶん、繋がる。
そこで、山側の森に分け入り、上に上ることにした。
だが、俺はそこで足を止めた。
すぐ目の前に、別の仏さまがぶら下がっていたからだ。
「おいおい。マジなのか」
まるで、樹海の中にある「自コロスポット」みたいな話だ。
先ほどは男だったが、今度は女だった。元々、細身の人だったようで、今はすっかりミイラ化していた。
やはり高い木には登れぬから、クヌギの枝に縄を掛けて首をいれたらしい。足が着きそうなくらいの高さにぶら下がっていた。
手を合わせ、坂を上ると、また別の木に仏さまが下がっている。
同じようなのが遠くに見えるから、ここには都合、四体が下がっていることになる。
ようやく電波が届く位置に来たので、すぐに「110」に電話を掛けた。
「凸凹公園の奥にいるのですが、木に仏さまが下がっています」
「凸凹公園のどの辺ですか?」
「一番奥に崖が崩れた場所があるのですが、そこから先に五百㍍くらい入った場所です」
「男の方ですか。それとも女の方?」
「両方ですね。二体は男性で、一体は女性。あとひとつは遠くてよく見えません」
「え。じゃあ、仏さまは全部で四体あるということですか?」
「今のところはそうですね。でも、たぶん、他にもあると思います」
「分かりました。それでは直ちにそちらに向かいます。入り口のところに戻り、待っていて貰えますか。そこから案内をお願いします」
「分かりました」
警察が着いたのは、それから二十分後だった。
山の中だから、もっと時間が掛かるかと思っていたが、割合すぐにやって来た。
警察車両が二台に、さらに救急車が二台続いている。
車から警察官が降り、俺の方に近づく。
「あなたは電話をくれた方?」
「そうです」
「ではその場所に案内して貰えますか」
俺は警察官三人を先導し、先程の地点に戻った。別の車で二人来ているから、警察官は全部で五人だ。
柳の木の下で仏さまが揺れている。
警察官二人が検分していると、周囲を調べていた他の三人が戻って来た。
「いやはや、仏さまだれけですよ。この辺一帯に十体を超える自コロ者がいます」
「なんでまたそんなことに」
ま、俺は知っている。最初の自コロ者が誰にも見つからず放置状態になっていたから、その念が他の志願者を引き寄せたのだろう。「波長が合う」と表現した方が分かりよい。
その場所で出ている波長に、同じ素質を持つ者が引き寄せられるわけだ。
「ここは人の出入りがそれなりにある公園だが、崖崩れの場所から先には入って来ないんですよね。だから見付からなかったのでしょう」
俺は警察官の話を聞きながら、心中で溜息を吐いた。
(あーあ。またこんなことになった。いつも気分転換にちょっと山道に入ると、たちまち目張りをした車に出会ってしまう。それが俺の状態だ。一体何故、俺のことを呼ぶ?)
ま、言葉で「助けて」と言われることもあるから、要するに、死者たちは誰彼構わず叫んでいるが、たまたま、俺がそれに気づいてしまうのだろう。
持って生まれたものかも知れぬが、到底、喜ばしい話ではない。
「ところで」
気が付くと、警察官が俺のことを見ていた。
「貴方は何故、こんなところに来たのですか?」
え。
確かに、この地は人が足を踏み入れる場所ではない。
恐らく数年間も放置されていた仏さまもあるだろう。
では何故、俺はわざわざここに来たのか。死者たちが俺を呼んだから?
そのことを自問すると、ぼんやりと答えが浮かんで来た。
「なあるほど。俺がここに来たのは死ぬためだ」
俺は生きることに倦み、このスポットに来たのだった。
ここで覚醒。
夢の中の「俺」は平成元年生まれで、「ヒロキ」とか「トシキ」みたいな名だったと思う。
木の枝にぶら下がっている仏さまの様子があまりにも鮮明だったので、目覚めた後、しばらくの間不快だった。こと後味の悪い夢だ。
もちろん、ただの夢ではない。
目覚めて、すぐに記録を残しているわけだが、途中で机の傍の電話が「プリン」と鳴り掛けた。
こちらは二本あった仕事専用の電話で、うちひとつについては回線を止めてある。傍にあるのはその止めた方の受話器だ。そのまま放置してあるから、電源が入ったままだが、回線自体は繋がっていない。