日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎あの位置からも引き返せる

あの位置からも引き返せる

 「人間はなかなか死なない」

 「死ぬ時はあっさり死ぬ」

 この二つはいずれも真だ。

 一時、私の血中酸素飽和度は86%くらいまで下がった。当然、息など全くできず、専ら酸素を吸っていた。もちろん、人工呼吸器が必要な域だ。

 普通は入院してマスクをつけるのだが、そもそも半入院生活なので大して変わらない。「苦しい」と泣き喚けば入れてくれるだろうが、尿道カテーテルをつけられて寝たきりになるのも嫌だ。

 腎臓病棟の患者は、普通に治療を受けているようでも、徐々に弱って行くらしく、ある時が来るとがたっと体調を崩す。

 「どこが悪い」というわけでもなく、ただ起きられなくなるのだ。

 車椅子に乗るようになり、ひと月くらいで入院病棟に移るが、そこから帰って来た患者はいない。概ね三四か月後にはあの世に旅立っている。

 そのことを患者も医師・看護師も知っているから、患者がガタっと来ると「ああ。もうじきなんだな」と思う。

 つい数週間前には、私を見る看護師の目がそれだった。

 その視線を見て、「ついに俺の順番が来たか」と思った。

 

 それでもまだ死なない。

 その間、治療らしい治療を受けていない。

 これは非常勤医が「明後日の話」ばかりしていたためで、全部断ったのだ。

 ちなみに、「胃カメラ」「大腸の内視鏡検査」「心臓カテーテル」を勧められた(笑)。医師にも原因がよく分からなかったらしい。「病因の解明」を考えるのはそれが医師だからで、患者はそんなことはどうでもよい。苦痛が取れればそれでよい。

 「息が出来ない」と言ってるのに、胃カメラなんか飲んだら、それだけで命に係わる。心臓カテーテルに耐えられる体力もない。言われた通りにしていたら、たぶん余計に命が詰まった。

 

 ま、それもこの病棟にいるにしては、まだ若くて体力があったから、ということ。他の患者は概ね七十台半ばから八十歳くらいだ。六十歳くらいなら若い方で、後から来た患者にどんどん追い越される。

 初期の患者たちも、どうやら「次はこの人」と噂していたらしい。(つい数日前に聞いた。)

 まだ体力が戻っておらず、血中酸素飽和度も93~95%程度だ。ちなみに、普通の人は98%くらい。

 血圧に加え、これも日常的に計測するひとつになった。

 93%を下回ると、自覚症状が出て、息苦しくなる。

 で、その肺症状には、必ず原因がある。

 若い頃に煙草を吸っていた人は、その期間の長短に限らず、いずれは肺症状が出るようになるそうだ。これも因果応報。

 ちなみに、上の画像では、不整脈が見えている。波が乱れているところが「ドッコン」のタイミングだ。

 

 結果的にあの位置からもまだ引き返せた。

 これも「患者のベテラン」だったことによると思う。

 でも、きっと「次」はないと思う。

 九十の爺さん患者みたいに、「苦しい」と三日間泣き叫んで死んで行くのは嫌だが(よくいる)、私はその前に心不全があるから、ある意味気が楽だ。

 

 最近、特に気を遣うようになったのは便通だ。

 腹の中に便を極力溜めぬようにするから、体重がほとんど増えない。でも、死ぬと体内の排せつ物を吐き出すらしいから、食事を控えめにして便通を良くして置く。自分の死体がウンチ塗れでは情けない。