日刊早坂ノボル新聞

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◎夢の話 第1K77夜 「私は精霊」

◎夢の話 第1K77夜 「私は精霊」

 通院の夜に、家族を駅まで迎えに行き、各人を回収して帰宅した。疲労が溜まっていたのか、夕食の片づけの後に腰を下ろすと、ほんの数分で寝入っていた。

 最初の夢の内容が良くなかったので、癒し水を供えて寝直した。

 

 まずは最初の夢。

 所用があり、都心のビジネスホテルの部屋に入った。泊るつもりはないのだが、今は旅行支援で補助金が出るから、泊りで予約して割引して貰うと、ただ単に駐車場に車を入れるのと大して変わらなくなる。移動には専ら車を使うから、確実に駐車場を押さえたいし、さらに体力に自信が無く、疲れたら横になれる場所があると助かる。一石二鳥だ。

 しかし、ベッドに腰を下ろすと、何となく違和感がある。

 半年前に経験したのと同じ息苦しさを感じる。あの頃は心肺症状が出て、酸素を吸引していた。

 しばらくじっとしていたが、全然収まらない。

 「おかしいな。今日は割と調子が良かったのに」

 横になったら、もっと苦しさが増した。

 天井を眺めつつ、「俺は一体どうなるのだろう」と考えた。さらに「俺がどうにかなったら、高校生の娘たちが苦労する」

 ここで気が付く。

 「あれあれ。俺には高校生の娘などいないぞ。俺の子たちはもう社会人だもの」

 がばっと起きる。

 「苦しいのは俺自身の話じゃないや」

 すぐに起き上がり、フロントに行った。

 「部屋を替えて貰えませんか。理由はご承知の通り、あの部屋で事故があったでしょ」

 フロントは頷き、すぐに対応した。

 感染して亡くなった人がいたが、一般客の泊まる部屋と区別していなかったとはな。

 区画を区切るとか、階を限定するとかしろよな。

 ああいうのは幽霊ではなく、命の痕跡と言うか残滓のようなものだ。その場にそこで起きたことの記録が残っている。

 ま、当人は苦痛を感じる前に意識を失ったから、長く苦しんではいなかろう。

 もちろん、影響があり、同じ位置に寝た俺は十二分に気分が悪くなった。

 ここで覚醒。

 

 あまり良い夢見ではなかったから、頭の近くに「癒し水」を供えることにした。

 横になると、すぐに眠りに落ちた。

 夢の中で我に返ると、俺はプロジェクタの映像を前にして、聴衆に向かって話をしていた。

 映像は、何か林のようでも、」大木の枝の重なったところのようでもある。要は木の枝と葉っぱが生い茂ったところだ。

 「よく見て下さい。ひとの姿が見えると思いませんか」

 画像を拡大すると、二人の人物が向かい合って何かをしている様子に見える。

 すると、左右にいた客たちが「見えます」「見えます」と口々に答えた。

 「ゆっくり下げると、他の個所にも人影が見える筈です」

 画像をロングショットに下げて行くと、枝の端々に人影が複数見えている。

 「ああ本当だ。沢山います」「いるいる」

 「さっきは何も見えなかったわけですが、見方をほんの少し変えるだけで、隠れていた者が見えるようになるのです」

 もう一度クロ-ズアップして、別の枝を拡大した。

 するとその枝には、長いガウンのような服を着た女が立っていた。

 背が高く、背丈が175㌢はありそうだ。紫色のガウンとその下にエンジ色のゆったりとした服が見える。顔つきは米国の先住民を思わせる風貌だが、両眼はぱっちりと開いている。

 俺は思わず、アニメ「妖怪人間」の「ベラ」という女の妖怪を思い出した。

 

 「随分はっきり見えてるなあ」

 思わず独り言を呟いた。周りに聴衆が居るのだが、そんなことは知ったこっちゃない。

 画面の女の顔を見ると、その女がこっちを見返したような気がした。

 「あれ俺に焦点が合ってるぞ」

 と思う間もなく、女が前の方に進んで来た。

 気が付いたら、目の前にその女が立って、俺を見下ろしていた。

 げげげ。何だコイツ。

 こういう時には「ビビる」のが一番いけない。怖れは相手に利用されがちな感情だ。

 不良が強そうに見えるのは、「何をされるのか」と不安に思うからで、実際には不良も同じ人間で大したことはない。幽霊だって同じこと。幽霊なら元は人間だ。

 そこで「おい。お前は何者なんだよ?」と冷静に問い質す。

 女は俺のことをじろっと見ると、顔に似つかぬ穏やかな声で答えた。

 「私はスピリットだよ」

 え。「スピリット」ってのは、「精神」と訳すこともあれば、「精霊」と解釈することもある。

 「幽霊じゃないのか?ゴーストの方なら知ってる」

 「いやスピリット」

 困ったな。想定の範囲外じゃないか。

 人が死んでなる幽霊なら、もはや見慣れているが、「精霊」なんて知らんぞ。

 酒で言えば、「濁酒」と「清酒」くらい違いそうだ。

 

 だが、ここで俺は思い出した。

 「ありゃ。この女は女房を駅前迎えに行った時に、道にいたヤツじゃないか?」

 その途端に夢の世界が崩れ落ち、俺は目を覚ました。

 

 この眠りに落ちる前に、私は家人を迎えに駅まで行った。

 駅前通りの端には、灯りの乏しい一角があるのだが、そこに近づくと、歩道に人影が見えた。

 この時期には、この手のヤツがやたら増える。

 気温が下がり、空気が乾燥している夜には、普段より人影が見え易くなる。この「人影」とは要するに幽霊のことなのだが、幽霊は赤外線に反応するから、気温が低くなると周囲との差が付きやすくなる。

 幽霊が出るのが「夜が多い」とされるのは、こういう物理的な要因が関わっている。

 さて、人影の話に戻ると、薄暗がりなので、そこに人影が見えても、それが人なのか、幽霊なのかの区別がつき難い。

 私が傍を通り抜けようとすると、あろうことか、その人影がたたたっと道路に歩み出たのだ。

 さすがに驚き、ハンドルを右に切ったから、車がセンターラインをはみ出てしまった。

 その時、対向車があったなら、ぶつけてしまったかもしれぬ。

 

 その時の人影が女で、その女のあ装束が「紫色のガウンとその下にエンジ色のゆったりとした服」を着ていたのだった。

 車を止めて確かめたりはしなかったが、あれはたぶん、生きてはいない者だろうと思う。

 これから二月くらいまでの夕方には、時々これが起きる。

 あれを見たショックが心に残ったので、改めて、その「女」を夢に観たというわけだ。

 夢はただの夢で、記憶を整理するものだろうと思う。