◎「いい感じに不味い」
髪の裾が伸びたので、外出の帰りに某ショッピングセンターに寄った。そこには千円カットの店がある。泥沼の闘病生活が効いて、この一年で私の髪はめっきり薄くなったから、もはや普通の床屋では勿体ない。周囲を少し刈れば終わり。だが、裾が伸びると、家人に「まるで、アトムのお茶の水博士だ」と笑われる。
理髪店はいつも混んでいるのだが、今日はたまたま客がいなかった。
理容師はびっくりするほど巨体のヤツだったが、話し掛けてみると気さくな性格だった。
そこで「コロナかもしれんというだけだと病院が診てくれない」という話をした。先日の次女での経験だ。
「抗体キットで陽性が出た」くらいから後でないと、先には進めない。
「感染者が激増して、死者が月に一万人の状態なのに、病院が診てくれないんだよ」
すると理容師が言う。
「感染すると、家族も外出できなくなりますね。ベッドが無いから自宅待機になります。買い物も出来ない。それでいて『旅行をしろ』とは、変な話ではないですか?感染の拡大を抑えるには、あちこち行かないというのが普通の考え方ですよ」
理容師が続ける。
「マスクや消毒が根付いて、去年まではインフル患者が激減していたのに、今年はインフルも流行るという。しかもそれを厚労省が事前に知らせている。これってどういうことですか?今年のインフルはどうやって流行っているんですかね?そして、今年流行るのが何で事前に分かるんですかね?」
いい「素朴な疑問」だなあ。
「マスクをして消毒」とは別次元で流行が起きている。
思わず「君は良いこと言うねえ」と褒めた。真実の一端だ。
で、千円カットだから十分で終わる。
この流れでは、十分では話し足りないな。
理容師は「コロナはインフルと変わりないのに」と言うが、インフルでは月に1万人の死者は出ないんだよ。それに夏にインフル患者は出ないが、コロナは出る。
「年間の死者総数がいくらで」の解説をしてやれなかった。
SSを出ようとしたが、何気なく入り口の脇にあるフードコートに眼を遣った。
すると、カウンターの中で、女性(たぶんパート)がラーメンの麺を丼に移すところだった。
思わず足が止まった。
「手つきがいいなあ」
ラーメン専門店のCMに出るような大仰な動きではないが、「毎日五十杯は作ってます」みたいな。
ふらふらとフードコートに入り、その女性に「醤油ラーメン」を注文した。
ラーメン屋のラーメンなら塩分と脂がたっぷりで、一発で許容量オーバーだが、こういうフードコートのは、アルミ缶のたれをお湯で溶かすだけだよな。「こってり」が無いのは、持病のある者にはむしろ助かる。
すぐに出来て、直ちに食べたが、いい感じに不味い。
表現が私独特だが、「あれこれ盛り込んでおらずシンプルだ」って意味だ。
子どもの頃に食べた、「デパート食堂の中華そば」を思い出す。加えて、所沢のDエーで家人が買いものをしている間に、地下のフードコートで幼稚園児の子どもらに食べさせた時の食事の味を思い出す。
「いい感じに不味い」食べ物は、ノスタルジアを与えてくれる。
この感じなら、塩分だけ気を付ければ、割と食べられると思う。
麺の茹で加減は、やはり上手だった。あの無駄のない動きは、熟練した者の仕草だから、おそらく今は感覚だけで仕上げている。毎日五十食百食と仕上げているうちに、体が覚えるわけだ。
450円なら立ち食いの掛け蕎麦の値段で、これで十分だと思う。表面に浮く脂が「鶏脂」ではなく「サラダ油」だってのは、「持病あり」の身には、むしろ大助かりだ。脂はダメだが、油は摂る必要がある。
こういうのが「いい感じに不味い」味だ。
追記)この日気が付いたが、SSの二階への階段を難なく上り下りしていた。昨年の今頃には十段も上がれなかったから、心臓の調子が比べられぬほど良い。これくらいなら前向きな気持ちになれる。