日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第1K92夜 『駅』の十五分後

◎夢の話 第1K92夜 『駅』の十五分後

 二日の午前四時に観た夢です。

 夢の中の私は四十歳くらい。知人と会社を経営している。要は共同経営者ということ。

 現実の私とはまったく別の人格だ。

 

 改札を出て、道を歩き出すと、背後から声を掛けられた。

 「お久しぶり」

 振り向くと、かつての同僚が立っていた。

 彼女に会うのは一年ぶりだ。

 「電車の中でたまたまお見かけしたのです。今日は用事があり、久々にこの街に来たのですが、偶然ってあるものなのですね」

 「そうでしたか」

 彼女が小さく頷く。

 「少しお茶しませんか」

 俺の方に断る理由はない。普段家に着くのは十時十一時だが、たまたま今日は早く帰るところだった。まだ七時だから小一時間話をしたところで、いつもより早く帰れる。

 

 駅前の喫茶店に入る。

 前は帰る駅が同じだったから、こうやって時々、一緒に寄り道をした。

 同じ職場の同僚で、お互いに家族がいる。俺には妻子、彼女には夫がいる。

 育った環境が違い、出た学校も違うのだが、どういうわけか馬が合いよく二人で話をした。

 仕事の話はもちろん、趣味や人間関係の込み入った話まで、どういうわけか気が合う。

 残業の多い業種・職種で、夜中まで働くのだが、彼女も夜遅くまで職場にいた。

 彼女の夫はい一流企業の管理職で、こちらも帰宅が遅い。帰って来ぬことも頻繁だ。

 夫婦には子どもがいなかったし、本人の自立心が高かったから、そんな残業も出来たのだ。

 

 そんなわけで、夕食はほとんど会社の近くで摂ったが、多くの場合、彼女と一緒だった。

 午後八時頃になると、他の社員は帰宅して、職場は二人だけになる。

 一緒にご飯を食べ、さらに自分の過程についての込み入った話までするから、次第に親密になって行く。まるで兄妹か親戚のような関係だ。

 いつも一緒にいるから、周りの者が二人の親密さに気付く。

 時々、それをからかわれるようになった。

 皆が「この二人はデキている」と思っていた。

 当事者はもちろん、そんなことは気にならない。ただ単に「仲が良い」だけで不倫の実態があるわけではないから尚更だ。

 

 ただ、男女の関係になろうと思えば、すぐになれただろう。

 営業のため、一台の車に同乗して、顧客先に向かうことがあったが、ある時、彼女がこう呟いた。

 「ねえ。私とあなたが付き合っちゃったら、どうなるかしらね」

 その時の私は、そんなことは正直想定していなかった。

 「え」

 それって、「デキちゃいましょうよ」という意味だ。このままどこかに車で入ればいいだけの話だ。

 仲は良かったが、男女の話をしたことがなく、俺は当惑した。

 「いつも同じ職場にいるから、もし関係が出来たら、いずれそれが態度に出ると思うね」

 で、両方の家族でゴタゴタが起きる。

五六歳若ければ、セックスの欲望がまさっただろうから、そのままホテルに行った筈だ。

 だが、俺はそうしなかった。

 経営者だし、その時は事業が微妙な状況だったから、内輪の問題ごとを避けたい。

 そのことは彼女もよく分かっている。

 二人はそのまま口をつぐみ、そのまま会社に戻った。

 

 一年ぶりに会った彼女だったが、会話に出るのは専ら仕事のことだった。

 今の仕事はどんな内容で、こんな苦労がある。

 お互いに仕事自体が好きだから、従前と同じように熱が入る。

 そのせいなのかも分からぬが、お互いの家族のことについては、何ひとつ話さなかった。

 

 ここでもう一人の闖入者があった。

 「おお。こんなところで会うとはな」

 姿を見せたのは、俺の共同経営者だった。

 コイツはこの街には住んでいない筈だが・・・。

 だが、ここで俺はこの男の愛人がこの街に住んでいることを思い出した。

 いつもは車で女のマンションに直行するのだが、この日はたまたま電車を使ったようだ。

 「お前の方は何でこんなところに来てるんだ?」

 俺には分かっていたが、あえて口を向けてみた。

 ヤツがどんな答え方をするかが確かめたかったのだ。

 「たまたまこの店で待ち合わせをしていたんだよ。少し早く着いた」

 ここでヤツが俺と彼女の顔を順繰りに見た。

 「俺が誰と会うかなんて野暮なことは聞かんでくれよ。お互い様なんだし」

 

 彼女は一年前に俺たちの会社を辞めた。

 直接のきっかけは、興信所の調査が会社に来たことによる。

 彼女のダンナが妻の不倫を疑い、探偵を雇って調べさせたのだ。

 探偵は世間のイメージとは違い、当事者以外の者にはストレートに訊いて回る。

 その男は俺の共同経営者のところに来て、俺と彼女の関係について問い質したのだ。

 いくら調べても、不倫の事実は出て来なかったから、人の噂以外に切り口はない。

 コイツがどう答えたかは想像に難くないが、探偵が来たことが分かると、彼女はすぐに身を引いた。

 ほんの数日後に、「一身上の都合で」会社を辞めたのだ。

 それは俺が出張に出ている間のことだった。

 彼女は俺にひと言の挨拶もせずに去って行ったのだが、後に共同経営者から探偵が来た話を聞き、すぐに彼女の心情を理解した。

 彼女はゴタゴタに発展し、俺の家庭に騒動を拡げることを避けたのだろう。

 何せ「W不倫」の事実はない。

 

 だが、かたちの上での不倫はなくとも、「こころの繋がり」は出来ていた。

 そして相手のことを思いやる気持ちがあるから、火が燃え上がる前に身を引いたのだ。

 そのことは俺にも分かるから、俺はその後、彼女に一切連絡をしなかった。

 連絡をすれば、それも直ちに調べられ、不貞の傍証にされるだろうからだ。

 

 ここで俺は共同経営者に言った。

 「お前はどう思っているかは想像がつくが、俺とこの人には不倫の関係はないよ。一度も体の関係が出来たことはないんだ」

 共同経営者は「え。マジなのか。俺はまた・・・」と少し驚いて見せた。

 「見た目と実際は違うんだよ」

 そんなことを言いつつ、俺は何気なく彼女の方を向いた。

 彼女の方も俺の方を見た。

 

 すると、俺を見詰める彼女の両眼から、突然、大粒の涙が零れ落ちた。

 涙がとめどなく湧いて出て来るのだが、彼女はそれを拭わず、そのまま俺のことを見ていた。

 俺はここでもうひとつ奥の彼女の心情を悟った。

 ここで覚醒。

 

 もしダブル不倫関係が出来ていたら、まったく別の運命があった。

 一年後には、「俺」と「彼女」が共に暮らしていたかもしれぬ。

 そんな想いがあったから、女性が涙を流したのだ。

 そういう話になっている。

 

 眼が覚めてから、ストーリーの質に気付いた。

 「これって、竹内まりやさんの歌う『駅』の十五分後のエピソードだよな」

 

 ところで、独身時代に、研究員だった時期があるが、同僚の女性が「自意識の高い美人」で仕事のことでやり合った。既婚者で年上だ。

 「喧嘩が出来る相手」は反転すると、「無上の友」になり得るから、その後仲良くなり、頻繁に話した。

 周囲には「この二人はデキてる」と思われるほどだ。

 「車の中で、『私とあなたがつきあっちゃったら』と言われる」エピソードは、現実にあった出来事だ。

 その時に、自分には別の彼女がいたから、「もし関係が出来れば、いずれそれが態度に出て世間に知れると思います」と答えた。

 自分は研究員で、かつ大学の非常勤講師だったから、まだ将来が不安定だ。

 この先どうなるかが分からぬのに、人間関係をゴタゴタさせてはいられない。

 だが、その職場では不倫関係が結構起きていて、若手研究員とパートの女性で出来ているケースが複数あった。本物は職場では極力隠そうとするから、男の目からはそれと分からない。

 だが、経理のオバサンたちはそれを的確に見抜いていた。この辺、女の目は確か。

 

 ちなみに、その後、私は自分の会社を持ったが、そこで散々、人間関係で揉まれたので、もし同じような状況になったら、「さっさと食った」と思う(W)。これがオチ。いざ食ったらすぐに捨てる。

 これが一番問題が少ない。

 いい意味でも悪い意味でも「世慣れた」ということさ。