◎もし総てのことが繋がっていたなら
この数年、身の回りに悪意の所在を感じ、また現実に体調不良により死線の近くまで行く。心臓や肺の機能が著しく落ちたり、眼が突然見えなくなったり、両足が腐ったりだ。
経済状態もどんどん悪化しているし、他者との関りも良好ではない。
不都合なことばかり起きる。
もちろん、身体の問題は老化など不可避な面があり、本人や環境との兼ね合いで美味く行かぬこともある。だが、それ以上にあの世的な異変が重ねて起きている。
一昨年には稲荷の眷属らしき僧侶(の悪霊)に苦しめられたし、つい最近では、廃病院で会った女患者が足にしがみ付いて来た。
自分自身や環境との兼ね合いで、たまたま起きたことばかりではないという実感がある。何せ、私の場合は、寄り憑いている悪縁(悪霊)の姿が写真に残ることがあるので、そう考えざるを得ない。
その都度、必死で応戦して押し返しているというのが実情だ。
今はそれが小休止しているが、たぶん、数日も経てばまた再開されると思う。
それなら、今のうちに現状を見直し、作戦を立て直す必要がある。
ここで考えたことは、「もし現状での困難や不都合が、過去から繋がっていたとすれば」を想定してみるということだ。これまでのバラバラに見える出来事には、総て関連性があったかもしれん。
「そうなると、『今に繋がる起点』となるのは、まずは令和元年だ」
この年は、年頭から異常な出来事が頻発した年だった。
写真を撮る度に「そこにはいない筈の誰か、もしくは何か」が写った。
代表的な者は七月のバケモノだった。
(なお、それより前から存在を感じていた者にどこか似ているので、「アモン」と呼んでいる。)
もう一度この当時を振り返ると、夏のある日に、いつも通りに神殿の窓ガラスに自分自身が入るように撮影した。これはッ私流のセルフチェックだ。
冒頭の神殿の景色が最初の一枚だが、多く最初の一枚に異変が写る。
その場にいたのは私一人だったのに、拡大すると女性の姿が残っている。位置的に、この女性がいるのは内門の外で空中だ。
そのことに気付いたので、赤外線カメラを取り出し、もう一度撮影した。
赤外線撮影では、肉眼で見る景色とは全く別のものが写ることがある。可視域の外の部分を写し出すためだ。
すると、私の後ろに大きなバケモノが立っており、巨大な手で私を掴んでいた。
こういう画像は時間の経過と共に崩れてしまい不鮮明になるのだが、まだバケモノの姿は見える。
この他にも幾つか隠れているだろうと見ていたが、今回見直すと、一つふたつではない数の悪縁(霊)が周囲にいたようだ。
まさに隊列で、その先頭がアモン(バケモノ)だ。
この状態は幾度か見たことがある。
これまで幾度も公開して来たが、同じ年の十月には、やはり私一人の状況で撮影したのに、周囲には沢山の人影が写っていた。画像では、左側の女とと右側の男の姿だけが鮮明だが、その後ろにも黒い人影が延々と連なっている。
私の背後には、死者の隊列が群がっていたのだ。
もしかすると、七月のバケモノたちも、十月の亡者たちも、実質的には同じ者たちだったかもしれぬ。
光の波長域が可視域から外れるにつけ、本性が現れやすくなるのかもしれん。
「完全に同じ者たちだった」ケースもあり得る。この場合は、右の男がアモンで、左側は七月に左脇にいたのと同じ女だ。
もしこれらが相互に関係していたとなると、それを結びつけるのは何か。
おそらく百鬼夜行(亡者の群れ)だと思われる。
「亡者の群れ」については、これまで幾度も記して来たが、最初に見たのは五歳くらいの時だ。
尿意を催して目覚めたが、二階の窓から放尿するついでに道の先を見ると、遠くの坂下から葬列のような人影がぞろぞろと歩いて来るのが見えた。
近くまで来て、街灯の下に入ると、それらは異形の者たちで、みてくれが鬼のようなバケモノのような姿をしていた。これが何千人も続く。
それ以来、一年に十度と言わずその行列を夢に観た。
何百回もその夢を観て来たのだが、夢を観る度に、その行列が間近に迫って来る。
平成の末年頃には、ついに十数メートルまで迫って来ていたのだが、それは単なる夢以上のものたったのかもしれぬ。
この令和元年に、ついには追い付かれ、亡者たちの群れの中に飲み込まれた。
今はその行列の中にいるので、相手からすれば容易に手を掛けられる。
今は亡者もしくは鬼たちにもみくちゃにされているところなのかもしれん。
少し解せぬのは、様々なことがあっても、私がまだ生きていることだ。
これが令和元年のことで、今は五年が経過しようとしている。
もし自分ではない誰かが、同じような状況に至っているとしたら、「今は由々しい状態だから、十分にお祓いをして悪縁を遠ざける努力を怠ってはいけない」と助言すると思う。だが、状況は絶望的だ。相手は普通の幽霊ではなく、筋金入りの悪縁(霊)だ。
実際、異常な出来事が頻繁に起きるし、苦痛を覚える事態にも至る。
今さっきは、また階段の下の方から「家人に似た女」が声を掛けて来た。
ぼそぼそと何かを語っている。階段下で何事かを呟いているのだが、その時には家の中に家人もしくは女性などいない。
もしこれが一連の流れに沿っているとしたら、次に起こるのは「私が亡者たちの一員になる」くらいのことしか想定できない。あるいは、この行列から抜け出るかの二つに一つだと思う。
出来れば後者を望む訳だが、問題はそれをどうやって導くかということになる。