日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第91夜 死霊の目覚め

20年ぶりに大学時代の友人に会った。
たまたま出張で関西に出かけた時に、新幹線の駅構内でバッタリ出くわしたのだ。
その男は東京からの戻り、こちらは東京への帰路だったが、久方ぶりでもあり、駅前で一杯飲むことにした。

手近な居酒屋に入り席に座る。
改めて挨拶をし、簡単な近況報告をした。
20分後、酒が入り口がなめらかになった頃、男が尋ねた。
「実は、困ったことがある」
極めて真剣な口調である。

「オマエは昔から霊の話には詳しいだろ。色々なところで様々な経験をしていたはず」
表情が暗いので、おそらく自分自身に起こっていることなのだろう。
「今、オレの周りで時々霊が出るようだ」
「その『ようだ』ってのは何だよ」
「オレ自身は見たことがないんだよ。しかし、オレの周囲は何度も見ている」
男が立ち回った先々で、そばにいた者が不可思議なものを見るのだと言う。
会社の給湯室でコーヒーを入れた後、机に戻ると、次に給湯室の近くを通った者が「いないはず」の人影を見る。
交差点で立っている時、寄り添うように立っている人影を、通りすがりの知人が見る。
そんな類のことがちょいちょい起きているのだという。

「女か」
「そう。女だ」
「誰だよ。知ってる人?」
「思い当たるのは1人しかいない。お前も会ったことがあると思う」
ということは、学生時代の知人の誰かか。

「林田ユメノを憶えているか?」
「いや。名前はかすかに記憶にあるが、学科が違うし」
「オレは同じサークルだったから、卒業後も時々会った。もちろん皆で集まって、ということだが」
男はコップの焼酎をぐいっとあおる。
「卒業して半年くらい経った頃だと思う。皆で集まって飲んだのだけど、新しい職場の人間も何人か一緒でね。オレの同期も1人連れて行ったのだが、ソイツが彼女のマンションの近くに住んでいてね。帰り際にオレがソイツに彼女を送らせた」
「何かあったのか?」
「その男が実は性質(たち)の悪いヤツでね。送り狼ってヤツだよ。酔った林田さんを部屋まで送っていき、そこで」
「殺した?」
「いや、犯したんだよ。それだけでなく抵抗する彼女をひどく殴った」
嫌な展開だ。最近、どこへ行ってもこの手の話を聞かされる。
「その男、これは木村というヤツなんだが、そいつが彼女の顔を強く殴りすぎて顔を半分つぶしちまった」
「拳じゃあ、潰れるってくらいは殴れんだろ」
「いや、勢いで周りにあった時計とか硬い物で殴ったんだろ。顔が潰れただけでなく、そのまま昏睡状態になっちまった」
場の空気がどんどん重くなる。

「その林田って娘が、なんで今頃になってオマエのところに出る?」
「彼女は6年くらいの間、昏睡状態で寝たきりだったけど、そのまま亡くなった」
14、15年前に死んでいたのか。ほっそりした綺麗な女性だったけど。
徐々に記憶が蘇ってくる。
「ああ」
友人が深いため息をつく。
「あの時、オレがヤツに『送っていけ』と言ったんだよな。林田さんがかなり酔っていたから、親切のつもりだったのだけど」
「そりゃ仕方ないだろ。お前のせいじゃないよ。入社して何ヶ月じゃあ、男がそんなヤツとは気づくまい」
「しかし、本人にとってはオレが紹介した男だってのは変わりない。さぞや未練や恨みを残して死んだことだろ」
友人はもう一度深いため息をついた。
「今、オマエの周りに現れる女の霊が、その林田って娘だとは限るまい」
「いや、間違いない。現に」
再び、コップ酒を飲み干す。
「あの犯人の木村は10年くらい刑務所にいたけど、3年前に出所して結婚もし子どもも作っていたんだよ。しかしソイツは半年前、女房子どもと一緒に焼け死んでしまった」
15年か。恨みや執着心を残して死んだ霊が、ちょうど起き出してくる年月だ。

「木村の次はオレだろう」
友人の眼には涙が浮かんでいる。
「で、その次はお前」
「何だよ、それ」
急にお鉢を渡され、たじろぐ。
友人は私の眼を見据え、こう言った。
「オレが死んだら、その次はお前のところだよ。なぜなら林田って娘はお前のことが好きだったからな。そのことは死んでいたって忘れてはいまい」
それを言う男の表情には、例えようもない絶望感が溢れている。
ああ、いかん。
コイツは酒のつまみの与太話ではないぞ。
目前の男の右肩に、女の白く細い指が4本掛かっているのが見える。

ここで覚醒。
先ほどテレビの前で2時間ほど寝入ってしまった時に見た夢でした。