日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第421夜 タクシー

 瞼を開くと、オレは電車に乗っていた。
 「ここはどこ?」「オレは誰?」
 その考えが及ぶ前に、電車が急停止をした。
 すぐにアナウンスが入る。
 「この先の架線に不具合があり、停車します」
 なんだって。よりによってこんな時に。
 窓から外を見ると、たまたま高架橋の上だった。
 仕方ない。
 オレは扉に近付き、開閉ボタンを押して、それを開けた。
 「私は鉄道公安官です。調査のため外に出ますが、皆さんは危険ですので外には出ないで下さい」
 もちろん、ウソだ。オレは降りるが、周りに騒がれたくないので、こう言ったまでだ。
 近くに居た若者に、自分が外に出たら扉を閉めるよう指示をして、オレは線路に降りた。 
 点検用の梯子を下り、下の道路に下り立つ。
 ちょうどそこにタクシーが来たので、右手を上げた。

 タクシーが止まり、オレはその車に乗り込んだ。
 「近くで悪いが、凸凹研究所まで」
 ここから研究所までは、2キロかそこらだ。
 そっか。オレはその研究所で一仕事するんだったな。
 上着のポケットに名札が付いているが、それには「東野」と書いてある。
 ここで全部を思い出した。
 オレは行政と学会のコンサルだったが、そのルートを通じ、その研究所で不正蓄財が行われている事を知った。素材のかたちでパラジウムが備蓄され、倉庫に隠されているのだ。
 パラジウム希少金属だから値が張るが、見た目はただの金属素材なので素人には分からない。そこを利用して、少しずつ裏金としてストックされていたのだ。 
 国の金を私物化しようなんて悪事を許すわけにはいかない。オレは国民のために、それを強奪することにした。強奪して、オレが豪勢に使えば、景気だって良くなるだろ。
 段取りは簡単だ。公共交通機関を使って、その研究所に入る。奥の資材庫からキャリアカートでパラジウムを運び、研究所の車に積んで表門から外に出るのだ。
 そこの内情は、たぶんガードマンよりもオレの方が知っている。
 金やプラチナなら金庫の奥深くに仕舞うが、パラジウムは素人では売買できない。
 それなら、倉庫に置いても誰かが勝手に持ち去る事はないので、鍵がひとつの金属扉の奥に仕舞われているのだ。
 オレ独りで運ぶことが出来る分が5億円分なので、ちょうど良いくらいの分量だろ。
 大体、研究畑の人間は世情に疎いから、盗まれたことに気付くのすら、しばらく後だろうな。
 「ぐふふ」
 思わずオレは笑いを漏らした。

 おっとイケネ。簡単すぎるからと言って油断は禁物だよな。
 前を向くと、運転手がミラーで俺の事を見ていた。
 ありゃ。この視線は・・・。
 その運転手の眼はオレの知っているものだった。
 コイツ。金藤じゃないか。
 金藤はオレの若い頃の友人だ。一緒につるんで外国にも度々行った。
 そいつがどうしてタクシーの運転手をやっているのか。
 フロントガラスの近くの証明書を見ると、「小野寺」という名前が書いてある。
 別人か。いや、長年付き合ったヤツを見間違える筈が無い。

 「お客さん」
 運転手の方もオレに気づいたらしい。
 オレは色つき眼鏡にマスクをしているが、やはりそれぞれの持つ気配と言うものがある。
 「お客さんは、私の知り合いにそっくりです」
 オレは1、2秒の間考えた。
 別人だとトボけるべきかどうかということだ。これから犯罪を犯そうという人間が、途中であれこれ証拠を残すのは不味いからな。
 「よく言われますね。私に似た人はそこここに居るらしいです」
 マスクに眼鏡だし、ここは知らぬふりだ。
 「そうですか」
 しかし、どうしても気になるらしく、運転手はちらちらとミラーを見ている。

 オレの方は逆に、この金藤のことを考えた。
 この男は優秀な男だ。学生時代に、バカラの確率論的必勝法を考え出し、アルバイトを雇って、マカオのカジノを荒らすほどの頭脳を持っている。
 確かたった3日で5千万くらい稼いだんだったな。
 その後も、カード会社に入り、ポイントサービスの端数を切り揃えてストックする不正プログラムを作ったりしたんだっけな。
 明晰な頭脳を持つヤツだが、その頭脳の使い方が邪なところはオレによく似ている。

 ってことは、コイツも何か魂胆があって、運転手に化けている訳だ。
 なるほど。オレは無意識に自分の膝を叩いた。
 狙いは同じで、あの研究所のパラジウムだろ。オレにはコネがあり、内情を知ることが出来るが、コイツにはそれが無い。そこで、研究所の誰かをこのタクシーに乗せて、そいつから情報を引き出そうとしているのだ。
 ま、座席にケツを下ろしただけで、ポケットの中のカードキーはコピーされるだろうな。

 ここでオレは再びくつくつと笑った。
 この金藤という男が、運転が得意なことを想い出したからだ。
 そう言えば、全部の免許を持っていたから、現金輸送車なんてのも運転できる。
 今なら、セスナくらいも操縦できるかもしれん。

 ここでオレは、前の運転手に声を掛けた。
 「この先にスーパーがあるからそこの第3駐車場で待っててくれ。そこにはカメラがないから、そこで車を乗り換える。今回はトランクと後部座席に乗せられる量にしとく」
 運転手がミラー越しにオレの事を見る。
 「香港でそれを現金に替えたら、それを元手に次は凸凹の現金輸送車を丸ごといただく。そっちは二十億だよ。その時はお前が運転してくれ」
 二十億は一度に車で運べる現金の最大値だ。
 時々、大量の現金を運ぶある企業のことも、オレはよく知っている。

 運転手は、初めて顔をこっちに向けて、「オッケー。了解」と答えた。
 コイツの方も、オレの事を一瞬で見取って、オレが今何をやろうとしているかを推し量ったらしい。
頭が良いから、1分かそこらのうちに、この先の算段の手順までくるくると考えたわけだな。

 何ひとつ口で説明する必要が無いのは助かる。
 持つべきものは、やはり気心の知れた悪人だ。
 包丁と同じで、悪人は危険だが、使いようを間違えなければ役に立つ。

 ここで覚醒。