日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎「お迎え」が遠ざかる

◎「お迎え」が遠ざかる
 死期の迫った人には、「お迎え」が姿を現すのですが、これはその人が死ぬ瞬間を「死霊が見に来る」のだろうと思われます。
 私は3年半前にその姿を直に見たことがあるのですが、2人の男でした。もちろん、夢ではなく覚醒時のことでした。
 1年くらい前から、2人どころか「常に誰かが脇に立って、自分を見ている」という感覚があり、かつ、画像には説明のつかない現象が起きていたのですが、これも「お迎え」の仲間です。
 最初は「夜中に玄関の扉を叩く」だけだったのが、それが家の中に入って来るようになったのが、1年くらい前からというわけです。
 しかし、数日前のある瞬間から潮目が変わり、「お迎え(死霊)」がさあっと退いて行く感覚を得ました。
 2淡緤?砲い燭里、今はかなり遠ざかっているようです。
 何とも説明し難い話ですが、これまでは2時間ずつしか眠れなかったのに、普通に眠れるようになっているのです。
 この「眠れない」というのは、眠るとすぐに怨霊が現われて、何事かを呟いたからです。
 これがかなり減りました。

 ま、この世ならぬ声を聞き、姿を見るのは、物心ついてからずっとの話なので、完全に無くなる事はないのですが、暫くは「底知れぬ恐怖心」や「ザワザワ感」から解放されるだろうと思います。
 この感覚は、私にとっての苦痛の根源ですが、その反面、助けられている面も多々あります。
 無防備でいたら、たぶん、前回の男2人に連れ去られたことでしょう。諸刃の刃ということです。

 今は金策を始め、執筆を再開しようとしているのですが、これはすなわち、私が「生きて行くつもり」だということを指します。「おいおい。もはや破産寸前だよ」と愚痴を言うのは、実は喜ぶべき事態ですね。
 人事で片付く話なら、努力にはそれなりの結果が伴います。

 追記)
 かなり前から「死期の迫った人に何が起きるか」ということを調べているのですが、「お迎え(死霊、死神)」を見た人は概ね半年以内、遅くとも1年くらいで亡くなるようです。
 私は既に3年を経過しましたので、珍しいケースです。
 他と違う点は、「自身の第六感を信じること」と「その中の客観性を確かめようとしている」ことの2つだけです。