◎夢の話 第783夜 窓口
七日の午前4時に観た夢です。
我に返ると、長椅子に座っていた。
スカ-トから膝小僧が出ているのが見える。
「わたし」は女だった。
顔を上げると、五メートル前にはカウンターがある。
郵便局みたいな作りだ。
「ここにわたしは何をしに来たのだろう」
小首を傾げ、考えてみるが、思い出せない。
「小島さん」
カウンターの向こうにいる女が声を上げた。
わたしが黙っていると、その女がじろっとわたしを見る。
四十過ぎの小太りの女だった。
「小島さん。あなたの番ですよ」
慌てて立ち上がる。
(わたしが小島なのか。)
頭の中で「小島美奈子」という名前が思い浮かぶ。
わたしはその名前だったのだ。
「小島さん。ではこの書類を書いてください」
カウンターに書類の束が置かれる。
四十ページはありそうな量だった。
「は?」
「これ書いてください。聞いてるでしょ」
ぺらっと紙をめくってみると、出生地とか家族構成から始まり、学歴、職歴の各項目ごとに、「担任の名」や「親しかった友だち五人の名前と住所」を書くことになっていた。
「これ。今書くんですか?わたしはすぐにここに行って検査を受けるように言われて来たのですが」
事務の女は下を向いていたが、顔を動かさず上目遣いにわたしを見た。
「当り前でしょ。それは検査を受ける前の手続きなの。もし陽性ならいずれクラスターを調べなければならないから、予め聞いて置くのよ。そんなの常識だわね」
「でも、小学校の時の同級生の名前とか、何か関係あるんですか。名前ならともかく、今の住所とかは知りませんけど」
すると、女は幾分声を張り上げて答えた。
「そりゃそうでしょ。万が一に備えて聞いとけば、調べるのが早いもの!」
女は食いついて来そうな表情をしている。
こういう女性は時々いるなあ。
頭の中で「更年期ババア」という言葉が思い浮かぶ。
「携帯持ってるでしょ。それで訊けばいいじゃない。大人なんだからそれくらい出来るでしょ」
「でも、わたしは抗体検査で陽性が出て、『すぐにPCR検査を受けて来てください』と言われたからここに来たのです。待ち時間だってあるんだし、先に検査してから、書き物をしたっていいんじゃないですか」
抗体検査で陽性が出たということは、これまでに「感染歴がある」ということらしい。
それには、「今も感染している」、もしくは「体内にウイルスが残っている」可能性も含むから、「すぐに検査を受けろ」という指示が来たのだ。
「ここは、多くの人が出入りしているから、もしわたしが感染していたら、他の人にうつすことになったりするのでは」
すると、事務の女が机をパンと両手で叩いて立ち上がった。
「煩いわね。書類なんてさっさと書けばいいじゃない。ここは役所なんだから、きちんと手続きをする必要があるの。そんなことも分からないの。大体、ここに来る前に熱を測って来たの?」
「え。37度3分でしたが」
「足りないじゃない。37度5分ないと検査は受けられないのよ」
「え。その決まりは昨日無くなりましたけど」
「37度5分で4日間」という規定は、あまりにも不評だったから、「疑いのある場合」に替わった筈だ。
「そんなのわたしの所には来てないわよ!!」
このやり取りだけで既に長い時間が掛かった。
「繰り返しますが、わたしの職場に感染者が出て、わたしも抗体検査で陽性が出ので、『すぐにPCR検査を受けろ』と保健所に言われてここに来たんですよ」
すると、女事務員は金切り声で叫んだ。
「いい加減にして。貴女はクレーマーなの?黙って書けばいいじゃない。ここは役所なんだから、役所の流儀に従ってもらうわよおおおおおお」
その声が届いたのか、頭の禿げた中年オヤジが、小走りでカウンターにやって来た。
「どうしたんですか」
ああよかった。ようやくヒステリーババア以外の人と話が出来る。
「保健所に『すぐに検査を受けるように』と言われて、検査に来たら、この書類を書き終わらないと始められないとこの方が言うんです」
するとハゲ男はしたり顔で頷く。
「これは決まりですからね。ある程度従って貰わないと」
ハゲ男はちらっと女事務員の方を見ると、もう一度わたしの方に向き直った。
「なら仕方がありません。急いでいるということで、特別、この部分はなしにしましょう」
そう言って書類の中の幼稚園から中学生までの部分を引き抜いた。
わたしは頭の中で考えた。
(この人たち。本来やるべきことが分かっていないのだわ。市民の感染状況を調べ、感染者に治療を受けさせることを目的に検査をしているのに、今、この人たちの頭にあるのは、どうやって無難に検査をするかということだけ。)
こんなところで止まっていたら、いつまで経っても前に進まない。
わたしは二人に向かって言った。
「もう良いです。書けるところだけ書きますから」
すると、二人は明らかにほっとしたような表情を見せた。
その顔を見て、わたしは「書いたら書いたで、ここが足りない、あそこが足りないと言うだろう」と確信した。
ハゲ男は少し嬉しそうな様子で、わたしに言った。
「その書類が終わったら、体力測定があります」
「え。体力測定?」
「ええ。どれくらい基礎体力があるかを計測するのです。それで、この先重症化する可能性があるかどうかを調べます。ほらあちらに」
ハゲ男はカウンターの後ろの方を指差した。
そっちの方に視線を遣ると、跳び箱やら鉄棒やら、果てはジャングルジムまでが置かれていた。
拾いワンフロア全体に運動器具が置かれていたのだ。
「これって、アスレチックじゃないの」
思わずため息を吐く。
ハゲ男は「大体のことろ所要時間は三時間くらいですね」と微笑んだ。
「これじゃあ、検査を受ける前に日が暮れてしまう。何万人も感染するのは当たり前だわ」
ここで覚醒。