◎夢の話 第915夜 ハンマーチャンス
27日の午後一時に転寝をした時に観た夢です。
我に返ると、俺はドアの前に立っていた。
「ここはどこだろ」
前方に眼を遣ると、右手には高壇があり、法衣を着た人が三人座っている。男二人と女一人だ。
その向かい側には、中央に男が一人立っていて、その脇に補佐役らしき老人が一人座っている。
その後ろには見物人らしき人々が沢山座っていた。
「ははあ。ここは裁判所だな」
壇上の三人が裁判官で、前の男が被告だ。
「となると、俺は裁判所の職員か刑務官ってとこだな」
なるほど。俺の役回りが分かった。
ちょうどその時、中央の白髪混じりの裁判官が木槌を叩いた。
「お。判決が出るのだな」
俺が思った通り、裁判官が判決文を読み上げ始めた。
「被告を懲役二十年の刑に処す」
罪状はテロ行為だ。被告の男は外国籍だが、わざわざ日本に旅券を使って入って来て、有名な神社に爆薬を仕掛けたのだ。爆弾が爆発はしたが、たまたま傍に人がいなかったので怪我人は出なかった。
しかし、テロ行為は死人が出ても出なくともそれと同程度以上の刑罰になるから、懲役二十年は至極妥当な刑だ。
被告は外国籍だから、すぐには理解できなかったらしい。きょとんとした顔で判決を聞いていたが、通訳が判決を翻訳すると、がっくりとうなだれた。
その件が傍聴席に伝わると、被告の家族が一様に「アイゴー」と叫んだ。
その後、数人が大騒ぎをして、守衛に法廷の外に引きずり出された。
俺は心の中で「こいつら何を考えているのか」と思った。
もし人が傍にいたなら、幾人かが手足を吹き飛ばされて死んだことだろう。恨むなら被告のした行為を恨めよな。
裁判官は罪状を読み上げると、数秒間沈黙した。
被告が顔を上げるのと同時に、裁判官が立ち上がって、声高に叫んだ。
「ハンマーチャンスううう」
そう叫びながら、裁判官は右の握り拳を高く掲げ、力を込めて下に下ろした。
「最近、この国には新しい法律が出来たのです。あまりにも外国人犯罪が増えすぎたので、地裁・高裁・最高裁という手順を踏んでいると、時間も金も掛かりすぎるため、これを短縮するための法律です。ではここからは、コンドー刑務官から説明します」
ここで裁判官が俺に目配せをした。
ほほう。俺がコンドー刑務官か。やはり刑務官だったな。
俺の胸の名札を見ると、「コンドー・マサオミ」と記してある。何だか、俺って割と名の知れた人物のような気がするぞ。
俺は会釈をして説明を始めた。
「これは被告の同意を前提としますが、もし被告が同意した場合は、クレーンゲームで刑罰を選び直すことが出来ます」
後ろにいる作業員に合図を送ると、法廷の外から、誰もがお馴染みのクレーンゲーム機が運び込まれて来た。
「この中には百個の玉が入っています。玉の中には最終刑罰を記した紙が入っているのです。先程、懲役二十年という刑罰が下されましたので、二十年と記した紙は玉の半数の五十個に入ります。これを70%地点として、正規分布なるように刑罰紙を配分しますから、十年に刑期が減る可能性が最も高くなります。また無罪は五個です。これを引ければ、あなたは今日の内に釈放されます」
すると、通訳が伝える前に、被告が立ち上がった。
「やるやる。やります。釈放のチャンスがあるなら何でもやります」
なんだ。コイツは日本語が分かるんじゃねーか。国外で悪さをして、都合が悪ければ日本人になったり外国人になったりと色々化けてるんだな。卑怯なヤツだ。
でもま、話が早い。
「ちゃんと最後まで聞いてね。いざ決定すると、やり直しは無いし、今日の内に執行されます。懲役二十年が五十枚だけど、三十年も五枚だし、終身刑も三枚と重いのも入っているんですよ。死刑はわずか一枚ですけどね」
「死刑もあるの?」
「百枚のうち一枚だけですけどね」
「ふうん。それなら滅多に当たらないよな」
「確率論的には、『当たらない』という水準ですね。ゼロとは言えませんけど。さっきの二十年より刑罰が重くなるのは二十五%程度ですね。一度引いたら、後戻りはできませんから、弁護士さんとよく相談して決めて下さい」
すると、被告は隣の弁護士と何やらごにょごにょと相談し始めた。
「もし死刑になったら、※※※※※。今日の内に執行※※※」
「でも、死刑は一枚だけだし、※※※。二十年が十年になるだけでも、真面目に務めれば五六年で※※※」
被告は弁護士と三十分近く話をしていたが、ようやく決断したらしく、前に向き直った。
裁判官がその被告に確認する。
「決まりましたか?」
被告は胸を張って答えた。
「ええ。挑戦します。私がやったことは正義を貫くためのものです。だから神がきっと味方をしてくれる。たぶん、今日の二十年よりは刑期が短くなるはずです」
俺は思わず内心で舌を出した。
「犯罪をやるヤツは皆同じ考え方をする。自分の振る舞いに何かしらの大義名分を付けるから、他人を傷つけることも正当化出来る。だが、そんなのは正義でも何でもないよ。こいつはヒーローになりたいだけ」
裁判官がもう一度確認する。
「本当に良いのですか。もし判決が確定すると、今日の内に収監される、あるいは・・・」
「釈放してくれるのですね。それならやります。俺はまだ若いから、二十年も刑務所に入るなんてまっぴらです」
それなら、そもそもテロ行為なんてしなければよかったのにな。
裁判官がもう一度木槌を振るった。
「では決定しました。ハンマーチャンス。コンドー刑務官。準備が出来たら、被告にゲームをやって貰って下さい」
「はい」
俺はクレーンゲーム機の前に行くと、中の玉を凝視し、精神を集中し始めた。
俺の日当は百万円だが、この一瞬のために雇われているのだ。
俺が機械を見つめながら、何かを念じ始め、一分二分と時が過ぎて行く。
そのうちに、傍聴席の一人が俺を指さして叫んだ。
「あの男。エスパーコンドーじゃないのか」
すかさず、法廷内全体がざわめく。
「あいつ。サイコキネシストじゃねーか」
「サイコキネシストって何?」
「念動力でものを動かす超能力者ってことだよ」
「じゃあ、あの刑務官は・・・」
ここで被告が俺に向かって叫んだ。
「お前。俺を騙しやがったな」
ちょうどこの時、俺の技が完成した。
俺はここで被告に向き直った。
「まあ、そう心配するな。俺は確かに超能力者だが、せいぜいスプーンを曲げたり、コインを瓶に突き入れる程度のことしかできん。百個の玉を思い通りに動かすなんて、到底無理だね」
これでほっとしたのか、被告が少し落ち着いた。
俺は機械から体を離し、被告のために道を開けた。
「ま、いいとこ、落とし穴の周りに、重い刑期を幾らか寄せるのが関の山だ。ここから先はお前の引きがものを言う。せいぜい頑張るんだな。ほれ。お前の番だよ」
そうは言ったが、この被告はツイてない方だろう。
何故なら、俺は過去にこの被告の国のヤツに強盗に入られたことがある。
その時に多額の負債を抱え、長い間苦しんだから、その恨みで脳内がはちきれそうな案配だ。集中力は否が応でも高まるってこと。
そんなわけで、俺はこの時、「死刑」の玉を落とし穴の真上十センチの高さに浮かせていたのだった。
そのまま下に落ちる確率は七十%を超える。
これぞ因果応報だ。
ここで覚醒。