日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎謎が解ける

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一月十三日、十四日撮影の「女」の幽霊

謎が解ける

 十三日の「カメラを持つ手」について疑問があったので、十四日にも神社を参拝したわけだが、その謎が解けた。

 十三日には最初に「女」の顔が見えていたのだが、既にこの時に「女」は私に縋り付いていた。

 「俺はこんな持ち方はしない」と思った通り、別の者の指だったわけだ。

 これは十四日の画像を見れば一目瞭然だ。重いカメラなので、左右両方の人差し指を上げると持ち難い。上げる指はシャッターを押す右手の人差し指だけが普通だ。

 

 二日それぞれに写っている「手」の違いを比べるために、画像を並べてみたのだが、そこで「右腕」の所在に気が付いた。

 室内の人と私の姿が重なっているから見極めにくいのだが、右側から腕が伸びている。(窓ガラス映像なので、左右が逆になる。)

 この手が掴んでいるのは、室内の女性ではなく私の方だった。

 どうやら、神社の境内に入った時に、最初の「女」が私を見つけ、抱き着いて来ていたらしい。

 ま、今も傍にいて、自分を「見ろ」「見てくれ」と言っている。昨夜の電話もその表れだ。

 

 こういうのは別に問題ない。

 「助けてくれ」と言っているので、可能な範囲でご供養を施せば、いずれ去って行く。この場合の「ご供養」とは、「相手に語り掛け、癒す」ということだ。

 この「女」にとっては、私が希望の光だ。(ここは文字の通りで、先方からは「光」に見えている。)

 他意が無いなら、邪見に扱うことは無い。

 これが手と顔の位置が逆で、手が私の胸に来ていると、悪意があることが多い。その場合はすぐに祓う必要がある。

 

 相手がどういう者で何を求めているかが分かれば、対処策を導くのはそれほど難しくない。こういう時の「ダメな振舞い方」は、必要以上に怖れ、いきなりお経を唱えたり、念の力で除霊浄霊を始めてしまうことだ。

 「助けて欲しい」「きっと助けてくれる」と思って近づいたのに、いきなり殴り返されたら、怒るのは当たり前だ。極力、話を聞くか、それが出来なければ、「自分の力では出来ない」と丁寧に伝えることだ。

 ま、慣れぬ者は「私には助けられませんので、離れてください」と丁寧に頼むのが一番だ。

 

 ところで、今は自分で思っている以上に、「もの(あの世だが)が見える」ようになっているらしい。

 姿かたちがよく分からず、声も聞こえぬ状態でも、「何となく見られている」という感覚だけで、眼が「ある一点」に留まる。

 そこで詳しく調べてみると、実際にそこにいる。