日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎幽霊女を探して

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令和三年三月十五日撮影

幽霊女を探して

 先日、そこにはいない筈の「女」が車に乗っていたのだが、「その女がどこから乗ったのか」を確認するために、画像を調べてみた。

 この日、最も圧力があったのは、N湖畔だから、そこを見たが、やはり判然としない。

 その場にいた者が「気配を感じても、その事実をうまく捕捉できない」のだから、実証はやはり困難を極める。

 当人はそこに立ち、「誰かが見ている」という視線の圧力を感じ、カサコソという「声」を聴くから実感するわけだが、他の者には伝わらない。結局、状況や意味を伝えることが出来ないのだ。

 ま、他者に理解して貰えるかどうかはどうでもよい。

 これから自分自身が死を迎えるわけだが、その時、自身がどう振る舞えばよいかを知ることが重要だ。他の人たちも、その人なりに考え、見付けて行けばよいだけの話だ。

 見えぬもの、聞こえぬ音をいくら言葉で説明しようとしても、何も変わらない。伝わらぬだけ。

 

 この時点では、既に「しばらく来ぬ間に、また溜まっている」と気付いたのだが、それは左側にある「女の眼(視線)」があったからだ。

 他のは「気のせい」「錯覚」や「物理的要因」が関与する可能性があるのだが、かたちは見えずとも、ここが一番重い。

 

①白い煙の筋

 休憩所の梁から煙の筋がだらんと下がっているのだが、いつもより不鮮明だ。いつもは丸くたわんでいるから、「ぶら下がるための縄」のように見える。蛇みたいな白煙がうねるのは、色んな場所で眼にする。もちろん、画像だけの話だ。

 

②女の左眼

 この場所に立った瞬間に「誰かが見ている」という感覚を得た方向はこの一点。画像では捉えられていないが、空気(光)がうねるように景色が曲がって見えていた。

 同じ視線を神社でも見たから、これのみは「気のせい」ではないと思う。かたちが鮮明かどうかはあまり関係がなく、こちらに接触しようとする意思があるかどうかが重要だ。

 

③オレンジの光 

 ひとつ前の画像で、私の「肘に手が掛かっている」ように見えたのだが、右腕を上げると、その光の位置が左にずれた。形も変わり、老人の眼の周囲に見える。

 だが、他にも要因が幾つか考えられる。

 日陰から日陰を撮影しているので、日光は入らず、また周囲に反射物も無いが、検証が必要のよう。

 

④覗き見る女

 かたちとしては、最も「ひとの顔(の一部)」のようだが、こういうのはフェイク(たまたま)のことが多い。

 心が感じられず、ただの絵のよう。

 もちろん、実際のことは分からない。

 嫌と言うほど繰り返し書くが、「人間に霊能力と言う特別な能力は存在せず、眼で見て耳で聞いている。よって見間違いも聞き間違いも起きる。そしてその判断や解釈は、あくまで想像や妄想の範囲内にある」ということ。

 

 結局、ここからは「車の女」は見付けられなかった。

 顔がコワかったので、もう一度見れば、即座にそれと分かると思う。なお、顔がコワいのは絶望感からで、怖ろしいことを考えているわけではない。

 幽霊は割合単純だから、「生きている者の悪意のほうがよっぽど怖ろしい」。

 

 しかし、この辺は「カサコソ」程度の「声」だが、奥の船着き場付近は「ワンワン」と声高な声が聞こえた。

 もう長いこと入れぬが、今はどうなっているのだろう。

 あそこなら、注意深い人であれば、誰でも「声」が聞こえると思う。

 実際、家人にも聞こえた。

 もっとも、私自身がそれが「その近くに居る人の声ではない」と気付くまで、何年間も掛かっている。よほど状況を注視していないと分からない。

 想像や妄想は、それを思い描く人にしか湧いてこない。

 

 世間のあちこちでも、同じようなことが起きていると思う。

 眼に見えぬ・見え難い幽霊たちが、必死で働き掛けて来るのだが、生きている人間は誰一人それに気付かない。

 相手の側からすれば、「助けて」「助けて」と叫んでいるのに、誰も気付いてくれず、たまに気付く者がいても、「怖い」「気持ち悪い」と去られてしまう状況だ。

 つくづく、「こりゃ上手に死んで行かぬと、後が大変だ」と実感する。

 

 多くの人にはこんな事態が待っている。

 「死んだら全て終わり」と信じていたが、「いざ死んでみたら、あーらびっくり」の状況になっていた。その時にはもはや修復が出来なくなっている。

 

 今日の格言(または教訓?)はこれ。

 人間に「霊能者」や「神の使い」、「預言者」は存在せず、幽霊に「守護霊」や「善霊・悪霊」は存在しない。

 この世にいるのは「普通の人間」で、あの世には「普通の幽霊」がいるだけ。