◎前世の記憶
1)生後最初の記憶は裸電球
今生に生まれ落ちてからの最初の記憶は「裸電球」だ。たぶん生後数か月だったと思うが、「ねんねこ半纏」を着せられて、赤ちゃん用の布団に寝かされていた。
その時に真上に裸電球が見えた。もちろん、その光の意味は分からず、「まあるい光だなあ」と思っていた。目に見える電球のことよりも、半纏と布団の中が暑くてジタバタしたほうが強く記憶に残っている。
その時に薄らぼんやり思い浮かべていたのは、「前に人間だった時」の記憶だ。
世間的には「前世の記憶」とも呼ぶが、一個の人格が丸ごと別の人格として生まれ替わるわけではないから、「記憶の一部を受け継いでいる」と言った方が正しい。前に人間だった時の要素は各々が1パーセントにも満たぬほどだ。
成仏した魂は、それまでの自我が消滅し、複数に共通の、かつ断片的な感情の記憶に分断されるから、その中から幾つかを拾い上げて再編成したものが新しい自我の基盤になるようだ。
子どもには前世の記憶を保持している者がいるが、事実を照合してみると、正確に一致する部分と不突合の部分が混在している。これは複数の者の記憶が混濁しているためだ。
私は同じ夢を幾度となく観るし、朝目覚めた時にそれまで観ていた夢を逐一記憶しているのだが、百回以上観ている夢の中には、過去の記憶としか思えぬものが幾つかある。
2)トラックに轢かれる
赤ん坊時代に頻繁に思い出したのが、トラックに轢かれる場面だ。かつて、国道四号が舗装される前には私は二戸の近くに住んでいたようだが、六歳くらいの時に砂利道に飛び出して、トラックに撥ねられた。体の右半分に衝撃が走ったのだが、少し熱く感じただけで、そのまま意識が無くなった。その後は闇で、たぶん、即死したのだろう。
子どもの私は、トラックが近づいた時に、「あえてすぐ前を横切る」という愚かな挑戦をしていたが、それにしくじった。
死んだ時の状況を調べたことがあるが、昭和ニ十三年か四年だった模様。
このことは、小学三年くらいまでの間は割と時々、夢に観ていた。
目覚めた瞬間には、それまで「眠っていた自分」が本来の自分なのか、「トラックに撥ねられた方の自分」が本当の自分なのかが分からなくなり、状況判断が出来ず少なからず狼狽えたものだ。
世間的にも、十歳くらいまでは、これに類する経験(前世の夢を観る)をした子どもが沢山いると思う。
3)巫女として信者を率いる
この時の私は女で、修験道(たぶん)の指導者だった。信者が数百人いたが、それを導いて、山中で修行生活を送っていた。
ところが、世の中と隔絶された生活を送っているので、為政者に疎まれ、弾圧される。
そこで、無用な摩擦を避けるため、一か所に長居せず山中を移動して暮らした。
どのように死んだのかはよく憶えていないが、最期は殺されたのではないかと思う。
これは主に中学生頃のことだが、霧の中を信者を率いて移動する時の様子を頻繁に夢に観た。
あまりにリアルなので、夢の途中で目覚めた。
4)一揆に加わる
飢饉の時には、作物がまったく実らぬから、年貢など払えない。しかし役人は種籾さえも租税として徴収した。翌年に田圃に蒔く種籾を調達するために商人から土地を担保に金を借りるが、これが高利だ。飢饉が何年も続くと返済が滞り、土地が取り上げられた。こうして百姓の多くは、本百姓から小作に転じたが、年貢を控除された後の作物の上前を撥ねられてしまうから、手元には殆ど残らない。また飢饉が来て、幾ら働いても食えなくなり飢えに飢えた。
ついには決起して一揆を起こした。
惣大将は指導者の息子で、まだ少年だ。その後ろに「平八郎」というその子の父親がいて、これが本来の指導者だった。(なお、直接の呼び方は「平八郎」ではなく別の名だった。)
この一揆勢の中で、私はいつも隊列の最左列の前から七番目にいて行軍した。
悪徳商人や役人の私邸を襲い、蔵を開け略奪するわけだが、積年の恨みがあるから、主人や代官の首を真っ先に撥ねた。
私はその際の首切り(処刑)の担当だったから、計数十人もの首を刎ねた。たぶん、六十人から七十人だ。
首を切られる段になると、さすがに怖ろしいので、罪人は必ず首を縮める。これで刀が肩に当たり、二度三度と刀を振り下ろすことになる。
罪人を極力苦しませぬように、「猿轡を噛ませ、それに綱を結んで、首を切る直前に前に引く」という方法を考案したのはこの私だ。首が伸び切るから一刀で切り落とすことが出来るようになった。
悪徳商人とそれに加担した役人たちは、作物を全部取り上げれば、百姓が餓死すると分かっているのに、委細構わずむしり取る行為を行っていたので、首を刎ねられるのは当然だと思う。
この時の記憶が鮮明に残っているので、きっと今でも事前に少し練習をすれば、罪人を苦しめずにあの世に送れる。
中高生の頃に繰り返し夢に観たが、大学生の時にたまたま大塩平八郎の天保一揆の古文書をに目を通した。するとその中に行軍の際の隊列の様子が記してあった。
「左の列の前から七番目」から見える景色は、まるっきり夢で観たのと同じ配置だった。
5)亡者の群衆が後をついて来る
これはいまだに頻繁に夢に観る。
気が付くと、私は道を歩いているのだが、見晴らしの良い場所で背後を振り返ると、一キロくらい後ろに群衆が歩いている。もの凄い数の人で、「ダービーの時の府中競馬場一杯」よりもはるかに多そう。要は数十万人の規模だ。
その群衆が次第に追い付いて来て、間合い五百㍍くらいになると、個々の様子が見える。
すると、それは普通の人ではなく異形の者たちで、まるで化け物や妖怪のような姿をしている。
そして、大切なことは「私の後をついて来ている」ということだ。
それに気付くと、慌てて道の先に逃げるのだが、徐々に間合いを詰められて行く。
この後は様々だが、決着がつくケースは殆どなかったが、一度だけ「不動明王に救われた」。
これは前世の話ではないと思うが、近年、画像に「自分の体に何者かの手が掴まっている」「背後に人の隊列が続いている」様子が写ったりするので、ただの夢ではなく現実に繋がっている部分もあるように思う。「前世の記憶」と言うより、「あの世と繋がる夢」に類する。
以上はこれまで百回と言わず、数百回の回数で繰り返し観て来た。この他にも「今生の人格に影響を与えている」要素のある記憶が存在するようだ。
いずれも「どれが本来の自分なのか」が分からなくなるほどのインパクトがある。また、実際の出来事としてそれがあったかどうかを調べてみると、奇妙なほど正確に一致している。
追記)一揆の時に、商人の家を襲うわけだが、腹が減っているから食い物だけに集中するかと思いきや、空腹時には何故か性欲・征服欲が膨張するらしく、末端の者は商家の女性を襲った。
一揆を起こせば全員が死罪になって当たり前なので、行動が激化する。
結局、女性たちを輪姦した挙句、殺してしまう。こうやって暴徒化した一揆メンバーをどうしても制御することが出来ぬようになったので、商人や役人を引き出した時に妻子を一緒に並べ処刑した。
なぶり殺しにするよりも、あっさりと殺してやった方が無用に苦しめずに済む。
一揆勢がその処刑を見ている間に、裏で下働きの女たちを遠くに逃がした。この女たちは貧乏な家から年季奉公で雇われた者だから、せめてそういう娘は助けてやろうと思ったのだった。