日刊早坂ノボル新聞

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◎夢の話 第1K97夜 「シンカの女」

◎夢の話 第1K97夜 「シンカの女」

 一昨日16日の朝に観た夢です。

 

 幼馴染のケンゾーの家は集落の外れにある甚平衛坂の上にあった。

 屋号は「松の下」だ。

 ケンゾーは猿面だったが、その外見の通り、野山のことには詳しかった。

 このため、山歩きをする時には、ケンゾーがいてくれるとたいそう助かった。

 このケンゾーの家の前の道を道なりで進むと、山の斜面を切り崩して作った畑に至る。

 その畑を通り過ぎると、その先は山道だ。

 その道を二キロくらい昇って行くと、うっそうと木々の茂ったところに至る。

 背の高い木々に日光を遮られ、昼でも薄暗い。

 その森の真ん中に「シンカ」がある。

 シンカは沼地のことだが、私はこれがどういう字を書くのかを知らない。

 ただ、皆がシンカと呼んでいたので、そう認識していただけだ。

 この沼地には、七十㌢を超えていそうな鯉が棲んでいた。

 だが、子どもは誰も釣りには行かなかった。

 この沼には「河童がいる」という伝説があり、ここに鯉を釣りに行った地元のオヤジさんが、幾人か溺れ死んでいる。

 いざ鯉をたもで掬おうと、湿地に足を踏み入れると、河童に攫われる。

 そんな噂だった。

 

 子ども心に怖くて堪らん場所なのだが、しかし、時々、この近くに行った。

 何か独特な雰囲気があり、肝試しにはちょうど良かったからだ。

 小学四年生の夏休みだったと思うが、ケンゾーと連れ立って、シンカを見物に行ったことがある。

 八歳か九歳の頃だ。

 

 シンカの森はひと際暗いので、中に入るのもためらわれる。

 最寄りの家に住むケンゾーでも、滅多にこの近くには来ないのだそうだ。

 だが、道はシンカの先にまだ続いている。

 「あの先を見て見よう」

 これが二人の申し合わせだった。

 

 シンカを過ぎると、空を塞ぐ木々がなくなり、周囲が明るくなった。

 道はどんどん細くなったが、しかし、まだ先がある。

 さらに一キロも山道を登って行くと、ついに林道すらも見えなくなった。

 「ここで道は終わりだ。結局何も無かったよな」

 引き返そうとしたのだが、ここで私が気付いた。

 「道がないんじゃなく、使っていなかっただけだ。うっすらと跡が見えるもの」

 それなら、少なくとも、「前は何かがあった」ということだ。

 そこで、二人でもっと先に行ってみることにした。

 山すそを迂回して進むと、その山の陰に、山荘があった。

 表の側からは見えぬ位置だった。

 

 「こんなところに家があったとは、俺でも知らねがった」

 ケンゾーが驚く。

 その家は木造とモルタルの二階建てだったが、この辺にはない洒落たつくりだった。

 「何か金持ちの別荘みたいだな」

 だが、私は「金持ちなら、こんな山の中に車を使わずに来るのは不自然だ」と思った。

 しかも人が歩いた後がまるで無い。

 

 その山荘の前まで行ったが、つくりが外国風だった。スイスの山の中にでもありそうな洋風のバンガローかあるいは洋館だった。

 ケンゾーは「ここに人が住んでいるとは思えねな」と言ったが、しかし、家の脇には洗濯物が干してあった。

 黄色や赤の女性用のシャツの類だった。

 家の周りをひと回り回って、それから山を下りることに、裏手の方に歩いてみた。

 すると、何やら声が聞こえた。

 「ルルル。ラララ」

 若い女性が鼻歌を歌う、その歌声だった。

 きれいな声だったので、何となく声のする方向に進んでみた。

 

 家の裏では、一階のひと部屋の窓が開いており、その部屋から声が聞こえて来ていた。

 何となく、その声に引き寄せられ、窓の正面に立った。

 すると、窓の開いた室内で、若い女性が裸でシャワーを浴びていた。

 こんな山の中だし、人が来る筈もないから、窓を開け放して、外の風を入れていたのだろう。

 長い髪が背中を幾らか隠していたが、真っ白な肌だった。

 「ルルルラ。ララララ」

 女性は壁の方を向いていたので、最初は私たちに気付かなかった。

 私は、裸の女性を覗き見たらダメなような気がしたが、だが、余りにも見事な背中だったので、眼が離せずにいた。

 私とケンゾーは、その場に固まったまま、天使のような女性の姿を凝視した。

 

 シャワーの水が止まると、女性がこっちを振り向いた。

 そして、私たちがそこに立っているのを認めた。

 だが、相手が子どもだと見て、裸身を隠しもしなかったので、おっぱいがすっかり見えてしまった。

 それで、私はすっかり固まってしまった。

 動けずにいると、その女性がほんの少し微笑んで、こう言った。

 「君たち見たわね。そのままそこにいなさい。すぐそっちに行くから」

 そう言うと、女性は部屋の奥に姿を消した。

 私は頭の中で、「これは不味い」ともの凄く焦った。

 何せ、女性がシャワーを浴びているところを覗いていた。どう見てもスケベな子どもたちだ。

 親に言いつけられるだろうし、下手をすれば警察まで呼ばれる。

 「参ったな」と思ったが、、しかし、見つかってしまった以上、逃げればもっと厄介なことになるかもしれん。

 「ケンゾー。俺たちはどうすべか」

 隣にいるケンゾーに相談しようとしたが、そこにケンゾーはいなかった。

 最初に、女性に見付かった時に、ケンゾーは脱兎のごとく逃げ出していたのだ。

 隣の私が気付かぬほどだから、ケンゾーは逃げ足がやたら早かった。

 「あのヤローめ。さすが『山猿』と綽名されるヤツだ」

 私はむしろ、あのタイミングで逃げおおせたケンゾーに感心した。

 

 程なく女性がやって来た。

 白いバスローブのようなものを羽織って、何やら容器とグラスを持っている。

 「こっちに来なさい」と女性が指差す方向を見ると、そこには木のテーブルと長椅子が置かれていた。

 「一人は逃げたのね。ならひとつは私が使うね」

 椅子に座ると、女性がテーブルの上に飲み物の器ひとつとコップ二つを置いた。

 「飲み物をご馳走するから、少し私の話し相手になりなさい」

 すごくきれいな女性だし、バスローブの下は裸だろうし、何だか石鹸の良い匂いまで漂って来る。

 私はその清潔な色香に頭がぽわんとした。

 女性がコップに飲み物を注いでくれたので、私をそれを口にした。

 透明な液体だったが、なんと苺だった。

 苺をただ潰したのではなく、濾して果肉を取り去った、いわゆる「エード」の類だった。

 贅沢な飲み方だ。

 「裏に温室があって、そこで苺を作っているの。春に採れた苺をこうやって置けば、長く保存できるのよ。美味しいでしょう?」

 「はい。すごく美味しいです」

 マジで美味かった。こんなのは飲んだことが無い。

 

 「僕は麓に住んでいますが、ここにお宅があることを知りませんでした。さっきのことも・・・」

 たまたまであって、覗こうとしたわけではないのです、と言おうとしたのだが、恥ずかしくて、途中で言葉を止めてしまった。

 「ここは別荘だからね。私はいつもここにいるわけではないのよ」

 それなら、地元の人と接点が生じぬから、皆が知らぬのも無理はない。

 ケンゾーは、わずか四五キロ離れた家に住んでいたが、この家のことを知らなかった。

 

 「ここにはお一人で来られるんですか」

 「誰かと一緒のこともあれば、独りのこともあるわ」

 少し遠くを見ながらそう話す口調で、私はこの女性は誰かに囲われた人ではないかと想像した。

 小学四年生が想像するには大人びているが、つい昨夜、そんなドラマをチラ見したばかりだったのだ。

 ドラマは戦前の話で、この家は建物などの佇まいがそれとよく似ていた。

 

 それから、私はその女性と小一時間ほど話をした。

 話の内容は、この山のことだ。どこに栗の木があるとか、どの沢に雉が沢山いる。

 そんなことを必死で説明した。

 どうやら女性が私を呼び止めたのは叱るためではなかったらしい。

 そのことを悟ると、緊張が解け、私はベンチに深く腰を下ろした。

 晴天で、平地ではさぞ気温が上がっていそうだが、ここは山の中で標高も高い。

 吹き上げる風が心地よくて、つい眠くなる。

 すると、それを女性が見て取った。

 「君は眠くなったね。いいわよ。私が膝枕をしてあげるから、少し休んで行きなさい」

 返事をする前に、女性が私の頭を引きよせ、自分の膝の上に置いてくれた。

 布一枚隔てただけで、若い女性の太腿に触れていたから、私の胸はドキドキしたが、しかし眠気の方が強くなって来て、私はたちまち寝入ってしまった。

 

 眼が覚めると、私はベンチで横になっていた。女性の姿は見えなかったが、だいぶ、お日様が西に傾いていた。

 「わ。急いで帰らぬと、シンカを抜ける頃には暗くなってしまう」

 昼でも暗いあの場所を、夕方以降に通るのはぞっとする。

 私はすぐさま跳ね起きて、急いで来た道を戻った。

 四十メートルほど進んだところで、後ろを振り返ると、山荘の二階の窓際にあの女性が立っていた。

 口が動いている。

 声は聞こえなかったが、「また来るのよ」と言っているように思えた。

 私はぺこりと頭を下げ、右手を振って、もう一度走り出した。

 

 シンカの沼の脇を通り過ぎようとすると、沼の中から「カカカカ」という鳴き声が聞こえた。

 「あれは河童の呼ぶ声だ」

 私は河童に捕まれぬよう、必死で走った。

 家に帰り着く頃には、すっかり暗くなっていた。

 

 一日の内に色んな出来事があったので、家に帰ると、夕食を食べず、風呂に入らずそのまま横になった。

 次に目が覚めたら、既に翌朝だった。

 父は既に仕事に出ており家にはいなかったが、手伝いの女性が朝食を整えていてくれた。

 住み込みの女性で、山ふたつ隔てた農家から働きに来ていた娘だった。

 シンカとは逆方向の開拓農家の育ちだった。

 「昨日は遅く帰ったようだけんど、一体、どごさ行ってたの?」

 「シンカの先」

 「え。あっちには何もない筈だけんどね」

 「家があったっけよ。金持ちの別荘だってさ」

 すると、手伝いの娘が首を捻った。

 「あっちには何もねはずだけんどね」

 

 ここに、従業員の壮年男性が顔を出した。

 私の父は商人で、朝早くから市場に出掛ける。

 父が不在の時には、店を手伝いの女性たちが守り、荷物の運搬など労務全般をこの男性が受け持っていた。

 「ね、ササキさん。シンカの先に家なんてあったべか」

 すると、ササキさんはこう答えた。

 「いや、ねえな。戦前には医者の別荘があったはずだけど、戦後まもなく火事が出て焼け落ちた」

 「え。俺は昨日、その家に行って来たけど。そこには娘さんもいだっけよ」

 すると、ササキさんが、首を僅かに横に振った。

 「別荘が焼けた時に、そこの医者と若い愛人の二人が死んだっつう話だっけよ。もう二十年は前の話だ」

 

 それを聞いて、私の頭は混乱した。

 紙の長い女性の入浴を見て、それから苺のエードをご馳走になった。

 あれは間違いなく昨日の話だ。

 すると、ササキさんが私の気配を感じ取ってか、強い口調でこう言った。

 「そこには行ったらダメだよ。縁起の悪い場所だし、障りが出そうだから、誰も行かぬようにしてるだべさ。シンカの河童話も、人を近付けぬようにするためのものだっぺ」

 だが、私は確かに、あの場所で別荘を訪れ、若い女性と話をしたのだ。

 その夜に父にこの話をすると、父はササキさん以上に強い口調で、そこに行くのを禁止した。

 「もしそこで人にあったというお前(め)の話が本当なら、余計に不味い話だぞ。お前が関わったのは、この世のものじゃねえがらな」

 ここで覚醒。

 

 これは物語に出来る筋だと思う。 「私」は女性に恋をするが、しかし、それは絶対に近寄ってはならぬ相手だった。みたいな。

 その後、数十年間、郷里に帰らずにいたが、シンカの女のことを想い出し、再び、あの地を訪れる。

 そこで゙・・・、果てこの先はどうなるのだろう。

 

 注記)一発書き殴りで、推敲も校正もしません。眼疾で今は出来ないのです。

 

 追記)夢は「あの山荘も女性も存在しない」ことで終わったが、物語としては、「僕」が夏休みの最後の日に、もう一度、あの女性に会いに行く展開になると思う。(小4なので、「私」ではなく「僕」が等身大だ。)
 さて、二度目に会った女性は、どんな振る舞いをし、何を語るだろうか。
 これを考えるのは楽しそうだ。

 現実に子どもの頃の体験で似たような事がやはりあって、姫神山の近くまで登って行くと、山の中腹に山荘があった。
 別荘だから、夏の一時期にしか人は来ない。
 だが、何だかそこに女性がいるような気がした。