日刊早坂ノボル新聞

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◎病棟日誌 悲喜交々3/7 「気が付くと」

病棟日誌 悲喜交々3/7 「気が付くと」
 先週末以来、体重が増加しがちなので、治療を30分延長した。一度、祝杯を挙げると、後始末に困る。増加分はほぼ水分なので、サウナで絞るのが良いのだが、近くに良さげなサウナはない。温泉は遠いし、週末は雪だ。

 そもそも治療開始が後の方だし、さらに延長もあるから、治療の終わるのは最後尾。入院患者が終わるのと同じ頃になる。入院患者はそっちの病棟の問診を受けてから来るから開始そのものが遅いわけだが、当方もそれと変わらぬ流れになっている。
 八時頃に入り、終わるのが三時だから、その七時間を潰すのに困る。映画専用のタブレットを買い、それでしのごうかと思うが、たぶん、もって数か月だ。
 とりあえずディズニー+でも契約して、話題の『shogun』でも観れば、数日は過ごせる。

 食堂では、お茶屋の小父さんと一緒だった。
 小父さんはもはや全身真っ黒になっているが、まだしっかりしている。挨拶するときちんと返事が返って来る。
 三年前に入棟した患者だが、七十台後半だろうに、いまだにもっているのはスゴイ。
 三年以上前に入棟した患者で、今もいるのは、元々それ以前からいる四人くらい。他は皆死んだ。
 初期のメンバー四人は皆が五十台でここに来た人だから、生き残っているのは「まだ若く基礎体力があった」ということだ。主に心臓病を経由して腎不全になった人ばかり。

 かたや「病気サーフィン」の果てにこの病棟に辿り着いた者は、数か月から半年で去って行く。こちらに例外はない。
 周囲に気配り心配りの出来る者が長く耐えられるような気がするが、それは「まだ余裕がある」ことの裏返しだと思うからあてにはならない。
 とにかく、お茶屋の小父さんはしぶとい。車椅子に乗るようになり、一年以上もったのはこの人だけ。
 頭もしっかりしており、叫んだりもしない。

 春先は「旅立ち」の季節で、「そろそろ」の患者が沢山入棟し、あっという間に去って行く。その間、大半が叫び通しだ。
 連日、断末魔に近い叫び声を聞かされると、さすがにウンザリ。「静かに死ねねーのかよ」と腹を立ててしまう。(ま、誰しも、自分が死んで行こうとするのに静かでいられるものは少ない。)
 「ああならずに自分は冷静に死んで行こう」と思うが、しかし、そんなのはボケていない(?)今だから言えることだ。
 「俺は死ぬことなど怖くない」と言うのは、決まって健康な人、あるいは、さしたる病気を患っていない人だ。自分の死に間際が見えぬだけ。
 死線に近くなると、「死にたくない」に始まり、それに「苦しい」が続いて、最後は「もう殺して」と叫ぶ。
 ま、ほとんどの鎮痛剤が効かなくなっているからそうなる。鎮痛剤ではなくモルヒネをくれ。

 生と死の狭間を見詰めて、幾年も経つが、その間、「もうダメだ」と思うことが数度あった。身辺整理もほぼ終わっており、あとは部屋の中を片付けるだけ。
 いつも「どう死ぬか」を考えている。これが現状だ。

 だが、今になり気付いたことは、昨年や一昨年の同時期よりも、今の状態の方がましだということ。春を越えると夏が終わるまでは概ね大丈夫なことが多いのだが、当方も今年の九月頃まで生きているような気がする。ならひとつ二つはやれることが生まれる。

 この先は少しイカれた話になる。
 昨年までカウンターの陰にいた「女」は、いまや常時、「手の届く位置」に立っている。
 時々、背後から抱きすくめられるのだが、いつも「(あなたは)私のもの」と囁く。 
 「巫女さま」であれば構わぬが、「でっかい女」の方かもしれん。髪型から見ると「でっかい女」の方に近い。
 他人から見れば、これも妄想の域なのだが、当人には現実で、実際に具体的な影響が降り掛かる。ちなみに、こういうのは当人以外は関係がないので、他人は「あいつは妄想癖だ」と思っていればよい。いずれにせよ、他者に影響は生じないのだから存在しないのと同じ。
 死が見えていない人にいくら説明しても伝わるわけがない。

 常に五十㌢から一㍍後ろに「誰かが立っている気配」があるのだが、先日、台所で料理をしている時に、家人が音もなく背後に近寄っていた。振り返ったら生身の者がいるので、さすがに驚いて「何でこそこそ近寄っているんだ」と叱った。
 人間なら包丁を持つ者に音もなく近づいたらダメだ。当方は時々、体の周りを刃物で切るから危ないこと限りなし。「女」は別として、三本四本の手が掛かっていると感じることがあり、その時にはすかさずご神刀など刃物で体の周囲を切る。

 既に梅の咲く季節になった。
 気が付くと、危機がまた遠ざかっていた。
 死期の迫った者が、幾らかなりともそれを先延ばしにするためには、当方の手法しかないと思う。
 両足は先輩患者のNさんと全く同じ症状で、同じ進行の仕方をしたわけだが、Nさんは指を二本切った。当方は完治しないわけだが、今回は指を切る事態は避けられた。
 Nさんとの違いは自分の周りの「あの世環境」を整えた、ということしかない。

 「影響が生じているかもしれぬ」の段階で処置を始めるわけだが、そうしないと間に合わない。

 こういうのは他者には伝わらぬが、それも当然だ。
 当方が「現実」として認識するようになったのは、「お迎え」に会ってからの話だ。「お迎え」に直接会って、それから一年以上生きている者は、今のところ当方しかいない。

 あの時の視界の歪み方を記憶しているので、景色が歪んで見える時には、兆しの有無に集中して観察する。

 これが役立っているわけだが、その反面、「こちらが注意して見ると、相手にもそれが伝わる」という面もある。心(感情)は音と同じように空気を震わせる。 

 

追記)「見えるからいる」「見えないからいない」と言う考え方自体が誤りで、この世とあの世は重なって存在している。だが、あの世は感情(意識)だけの存在で、物理的には「霧」のようなものだ。「感情(意識)だけ」と言っても物的基盤があり、「精神(だけの)世界」というわけではない。

 最近、ようやく心の持つ波動を認識出来るようになった。よって「ここにあれがいる」と記しても、他の人には何も見えないと思う。だが、耳をすませば声が聞こえる。今はこの声で判断している。

 直接の変化のきっかけは、蜘蛛の糸が顔に掛かる」感触を判別できるようになったことだ。存在しない蜘蛛の糸が顔に掛かるのは、幽霊が寄り憑いて来る時の典型的な症状で、これは画像でも「煙の筋」になって写る。この煙がひとの心と同調すると、実体化して人の姿として現れるようになる。

 普段は煙または霧だが、ヒトの姿をとることもある。これが幽界(あの世)だ。