◎霊界通信 「お稚児さま」に会いに行く
家人に「秩父にお不動さまを祀った良いお寺があって」と話すと、「じゃあ、私も連れてって」と言う。
そこで金曜日に連れて行くことにした。
しかし、車で出発し、五分ほど経つと、家人が「お寺はまだなの?」。
ええええ。オメーは近所だと思っていたのか?
「観音院は秩父にあるんだよ。ちゃんとそう言ったでしょ。行くのには一時間以上かかる」
「あらそうなの」
相変わらずの天然妻だ。ダンナは命懸けだったりするのに、まったく気にしない。
前回と全く同じコースで、観音院に参詣した後、観音蕎麦を食べ、小鹿荘で汗を流して帰ることにした。
(各々は別途記録。)
私にとって重要な目的は、またあの「お稚児さま」に会うことだ。あの子が居てくれるだけで、心が明るくなる。
小鹿荘では、庭石の傍にジュ-スを供えた。
たぶん、ジュースの類は飲んだことが無かろう。そういう時代の子どもだ。
ちなみに、こういう場合は「蓋を開けて一二分備えた後、飲んでみせる」という段取りになる。たまに封をしたまま置きっぱなしにしてある供えものを見るが、口を開けなくては香りさえ届かぬしわけだし、手に取って飲むことが出来ぬのだから、代わりに飲んで 味を伝える必要がある。それが済んだら、きちんと片付けて帰る。
置きっぱなしにすれば、だれか他の人の手が必要になる。その人は恐らく縁も所縁もない人で、迷惑をかけることになる。そこで手を合わせるのは、拝む者の自己都合でしかない。なら片付けて帰るのが当たり前の所為だ。
残念だが、この季節は太陽の角度が撮影に適さず、午後二時頃でも60度くらいの傾斜角で、日差しが当たらない。
子どもたちの姿を見せられるのは、来月以降になるようだ。
ちなみに、「お稚児さま」の他に、「白い着物の女児(十歳前後)」と「少年」の三人は確実にいると思っていたが、この日の感覚ではもっと沢山いるようだ。
傍に来ると、必ず私の体に手を置くので、その肌感覚で分かる。これは「稲荷眷属」の時の置き土産で、1グラムほどの「蜘蛛の糸」の感触が分かるようになったことによる。今は視覚聴覚よりもこの肌感覚の方を重視するようになっている。
目視はほとんど出来ぬが、一人がちゃんと挨拶をしてくれているようで、手を上げている。指が見えるのでそれと分かるが、室内外にそれと見紛うものはない。
ちなみに、一月に撮影した左側の女の子ではなく、別の子だ。
四月の中旬以降になれば、太陽の角度が上がり、日光を浴びられ、ガラス窓に映るようになると思う。その時に五人(もしくはそれ以上)の子どもたちを出して見せられるかもしれん。もちろん、「見えぬ者を見て、聞こえぬ声を聴く」という行為なので、簡単ではない。