日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎ひとつだけではない

ひとつだけではない

 階段の灯りが「私の時だけ消えてしまう」現象を記しているが、どうやらバーサン一人(体?匹?)だけではないらしい。

 バーサンの気配は無くなったが、ぞろぞろと複数が後ろに従っているような感じがある。

 

 秋の例大祭が終わり、神無月が近づくと、神さまは神社からいなくなる。神様がいないので、普段より多くその筋の人(当方だが)の周囲に集まるわけなのか。

 (この部分はただのストーリー、シナリオだ。ようするに「お話」ということ。ストーリーを書くのが仕事の一部だから、諸事に筋立てをするのは当たり前のこと。)

 

 なぜこんなことを書くかと言うと、ついさっきドアの向こうで、物が落ちた(音がした)からだ。

 軽く乾いた音だから、あれはたぶん、トイレの棚の上にある洗浄剤のキャップが床に落ちた音だ。おちろん、風が吹き込む場所でもない。

 二階にはほかに人はいないし、キャップを外すためには、「指で捻じる」必要がある。

 コーラのキャップなら、「締め忘れていた」可能性があるが、洗浄剤を緩くは締めない。

 こういうのは「ここにいるよ」を伝えるためのものではないかと思う。

 階段の灯りは、途中の踊り場付近で「ぱちん」と消えてしまうが、「足元が見えないから危険だ。こういうのはやめてくれ」と口に出して言うと、パッと点く。

 

 かなり前に、電気製品のスイッチが点いたり消えたりを繰り返す現象が起きた時がある。これが煩いので、業を煮やして「いい加減にしろ。お前が幽霊で、これがお前の仕業なら、返事をしてみろ」と叫んだ。

 すると、すぐさまテレビの電源が二度点滅した。点→滅→点→滅だから、リモコンの異常ではなさそう。

 その時住んでいたのはT沢のある神社の坂下だったが、この他にも異変が多く、人間関係が壊れそうになったので、引っ越しをした。

 その地を離れたら、「アーラ不思議」で、それまでのような異変が起きなくなった。

 

 さて、十月になれば、もっと高まる。

 今年は「幽界が存在している」という証拠をばっちり揃えられるかもしれん。

 それだけ、はっきりした異変が起きるということだが、これが召喚の前触れ(要するにお迎え)の類なら、もうそろそろということだ。

 

 死後にも自分が存在し続けるとしたら、生き方、死に方を根本から考え直す必要に迫られる。

 このことは一般に周知させるべきだ。

 (「恐怖」を謳ってはならないから、どのように伝えるべきかは思案が必要だ。)

 とりあえず常時、デジカメを携帯して置くことにした。

 動かしがたい証拠を記録し、その中から取捨選択することになる。

 

 もしあの世があるのなら、赤ちゃんを殺してしまう母親が減ると思う。