日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第1124夜「署名本」

夢の話 第1124夜「署名本」
 三月三十一日の午前四時に観た夢です。

 実家の駐車場に車を入れ、事務棟に向かう。実家は地域スーパーで、駐車場には五十台くらいのスペースがあるが、関係者なのでなるべく裏の方に停めた。
 事務棟の階段を上がると、最初に事務のサイトーさんが俺を見る。
 「あら。ご無沙汰してます」
 「皆さんお元気ですか」
 「ええ。変わりないですよ」
 サイトーさんが挨拶の後に言葉を続ける。困り顔だ。
 「会長さんがまた買わされちゃったんですよ」
 父は七十を過ぎると、万事鷹揚になり、知人があれこれ「買ってくれ」と持ち寄った物を「分かった」「分かった」と買ってあげていた。
 
 今は初冬だが、この年の秋には、「天然のマイタケで東北地方では珍しい種類」だとかいうキノコをひと株一万五千円で三株買っていた。
 「松茸よりもかなり高いじゃね?」と訊くと、「いや、こいつは山の上の方にしかならね。若い頃に食ったことがあるが、抜群に美味い」と答えた。ま、松茸なら知人が「アンドレのチン○」なみのをただで持って来てくれるから、買うことはない。
 ま、その日の内に父は盛岡の知り合いの料亭にそれを納めたが、ひと株三万五千円で売れた。売る段になり、自分も食べたくなり、ふた株だけ売り、ひとつを持ち帰った。
 台所にボツンと置いてあったので、素性を知らぬ俺が勝手にホイル焼きにしたが、実際、抜群の美味さだった。味なら松茸を鼻で笑える。

 「だが、そんな成功例は少ない方だな」
 大体は、半ばは騙されて押し付けられる。もちろん、父もそんなことは承知の上で買ってあげていた。
 事務室のテーブルの上には、何か古ぼけた書物が二冊置いてあった。
 父は俺の顔を見ると、すぐさまその本について説明した。
 「お。来たのか。これはほれ、有名な作家の初版本で、きちんと署名がしてある。こっちは原稿を綴ったものだ」
 ※※※※か。こういうのは偽物が多いんだよな。
 この時の俺は、半道楽で「蔵全部」「倉庫全部」を買ったりしていたから、状況を見れば、品物の素性が分かった。
 本を手に取る。
 実際に初版本だったが、いくつか不審な点がある。
 本の末尾の方には紙切れが挟んであったが、これに持ち主のメモが記してあった。

 「親父。こんなのをはいはいと買ったらダメだよ。コイツは本人の書いた署名じゃない」
 俺はたまたまこの作家のことについて調べたばかりだった。
 「※※※※には息子がいて、そいつが放蕩児だった。金が必要になると、死んだ父親の書庫から書籍を持ち出して、自分が署名して売った。こいつはその息子が芸者に与えたもので、その芸者が死ぬか売ったから、これが世に出た」
 「息子のならそれでいいじゃねえか」
 それもそうだが、筋(素性)が悪いよな。
 書付の方には、何やら恨み言みたいなことが記してあるし。

 紙きれを開いて中を読んでいるうちに、クラクラッと眩暈がした。芸者が客の男から、この本を押し付けられているさまが眼に浮かぶ。男は有名人の息子で、それをひけらかすために、これを芸妓に与えたわけだ。
 女はまだ二十台で、読書好きだった。憧れの作家の署名本を貰ったので、大いに喜んだ。
 その光景が目に見えるよう。
 「でも、息子の方は父親に輪をかけたロクデナシだぞ」

 ここでパチパチと光が点滅する。フラッシュバックだ。
 すると、さらにさかのぼって、この女の昔のことが蘇る。
 十年くらい前、まだ芸妓になりたての時のことだ。
 がさつな客が女を我が物にしようとしたが、突然脳卒中になり、死んでしまった。 

 ここで俺は気が付く。
 「おいおい。これは夢だ。それも昨日観たばかりの夢の話じゃないか。俺は旅館の部屋に立ち、客が芸妓の前で倒れるのを見た」
 この光景は、それから十年後に起きたことだった。
 さらに十年の後、この女は旦那に邪険にされ、死んでしまう。
 ここで俺は総てを悟った。

 「こいつは俺が『縞女』と呼んでいた悪霊の持つ記憶だ。四五年前に、毎晩この女の夢を観させられ、ほとほと苦労させられたが、どこかに去ったわけではなかったのだな」
 女は芸妓で、十四歳くらいから修行に入り、十七で一人前になった。それからの人生の軌跡を俺に見せている。
 「なるほど。話を聞いて、起きた出来事を見て、自分を理解してくれるのは俺しかいないから、俺に付きまとうわけだな」
 従前なら、こういうヤツのことを忌み嫌い、すぐにも祓おうとしたわけだが、今は違う。
 「お前の悲しみや苦しみを全部聞いてやるから、吐き出してしまえ」
 数年前には、おどろおどろしい化け物の姿をしていたが、今は少女の姿に変わっている。顔つきはまだ怖ろしいが、傷心が癒されれば、いずれ子どもの顔に戻る。
 悪霊も元は人だ。どんな者にも救済は与えられる。
 ここで覚醒。

 最近は、夜ごとに父と対話をしている。
 こういうのは、「程なく亡くなる人」の特徴だと聞くが、そんな気はしない。ま、仮にそうであっても、既に精神的に安定しているから、死んだ後に迷うことはないと思う。
 順当に死神になり、死者を導くことに。

 「縞女」は五年以上かかって少女の姿に還った。
 これは小鹿野で、私の左側に立った少女のことだ。