日刊早坂ノボル新聞

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◎夢の話 第778夜 バナナの生る道

◎夢の話 第778夜 バナナの生る道
 25日の午前2時に観た夢です。

 アジア各地を放浪し始めてから数年経ったが、今年も大学を休学し、旅を続けることにした。
 今は熱帯の国を旅している。

 知人の家を訪問しようと、言われた場所でバスを下りた。
 「そこからは道に沿って歩けば、道の向こう側にバナナが沢山生っているから、それが目印だよ」
 知人はそう言っていたが、何だか頼りない情報だ。

 熱帯には熱帯のルールがある。
 個人所有のプランテーションは、もちろん、個人のものだ。
 中の果実を取ったら泥棒になる。
 ところがジャングルに自生しているバナナやマンゴは、誰でも自由に取って食べても良い。
 しかし、その一方で、ココナツはどこにどう生えていようと、厳格な所有権があるから、触ってはいけない。

 この国では、川にエビが沢山いるが、それも獲ってよい。
 川エビは誰も獲らず、日本で言えばザリガニだ。
 鰻はそこらじゅうの水溜りにいるが、誰も獲らないから、丸々と太っている。これも獲って食っても良いが、もしそんなことをすれば、地元の人が顔をしかめる。地元の人にとっては、「食べられる生き物ではない」からだ。
 日本なら「蛇を捕まえて食べる」くらいの感覚だ。

 そうなると、自生バナナやマンゴ、川エビや魚を獲っている分には、食い物には困らないことになる。
 実際、俺も時々、道端の果実をもいで食べている。

 「バナナが沢山生ってるところか」
 探すのは用意ではなさそう。
 と思ったら、道の向こう側にうっそうとした茂みが見えて来た。
 どうやら、それが1キロは続いている。
 「このうちのどこかってこと?」

 すぐに答えが見付かった。
 数本のバナナの木、と言っても、バナナは草なのだが、それが見える。
 各々の木もしくは草に、大きさなバナナの房が吊り下がっていた。
 ひと房3、4百本は生っていそうな房が、5つも6つも下がっている。
 「ここだ。この向かいか」

 すると、そのバナナ畑のところに、バスがやって来て、すうっと止まった。
 バスの中から、園児服を着た3歳くらいの男児と、母親が下りて来る。
 母親はまだ20台で、ほっそりとした体つきをしている。

 「どこかで見たことがあるなあ。誰だっけ」
 5秒ほど考えたが、その答えもすぐに閃いた。
 「女房と息子じゃないか」
 俺は学生のつもりでいたが、そうではなく、30歳くらいなんだな。
 なるほど。記憶や感覚がかなりずれていると見える。

 道の向こうで、女房が手を振る。
 こちら側にいる俺のことに気付いたのだ。
 こっちに渡って来るらしい。

 「車に気をつけるんだぞ!!」
 二人に叫ぶ。
 娘たちが見えないが、きっと小学校に行っているのだな。

 小さい息子の顔を眺めながら、しみじみと思う。
 「この先、俺がどういう風に生き、どういう風に死んだとしても、俺の一生は幸せなものだったな」
 ここで覚醒。

 ズキズキと鳩尾が重く痛む。胃なのか心臓なのかはよく分からない。