日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎煙玉の出現パターン

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平成三十年一月七日撮影

◎煙玉の出現パターン

 「煙玉」は自然現象であるケースが大半だ。

 山の上や森の中、水辺、ビルの地下や洞窟・トンネルで、煙玉が出現するのは、ごく当たり前の話だ。空気の状態と湿気との兼ね合いで光を反射する。

 だが、同じような環境でも、出たり出なかったりする。

 そこには微妙な関係性の条件があるのだろう。

 

 この画像もほぼ自然現象だが、「説明のつかない」煙玉現象が出る時と出方が似ている。

 「説明のつかない」ケースとは、環境的に出やすい条件(湿気など)ではないのに出現し、「声」や「視線」、「人影」等、別の要素を伴うような場合である。

 流れは次のようになる。

 1)右上に一つ白い玉が現れる。たまに左上のこともある。

 2)玉の数が徐々に増える。動きがある場合は時計回り。

 3)周囲一帯に煙玉が満ちる。

 自然現象の場合は割と長い間(数分間)撮影出来るが、「説明のつかない」ケースでは概ね一分程度内。それを過ぎると写らなくなる。

 要するに、同一環境なら反復して出現することで、それが自然現象だと分かる。

 同じ条件下なら必ず同じことが起きるのが、すなわち自然現象だ。

 

 なお、自然現象でも、説明のつかない現象でも、煙玉現象自体にそれほど深い意味はない。

 テーブルの上にお皿とナイフ・フォーク等が置かれていたとする。それは「誰か」が何かを食べようとしている状況を指している場合もあるが、それ自体はただの食器だ。

 多くは置いてあるだけで、そもそも食器は金属や土で出来ている。

 そのことをもって、そこに「誰かが居る」と見なすのは早計だ。

 それはまた別の話で、食器自体が意思を持つわけではない。

 食器を見て怖れることほど愚かしいことは無い。

 

 たまに、煙玉を霊と同一視する人(霊感の強い人や自称霊能者)がいるので、逆に驚かされる。

 ごくまれに何か特別なメッセージを含む場合があるわけだが、そういう場合でも、煙玉はただの封筒か、配達人が押す呼び鈴だ。メッセージそのものではない。

 廃屋や地下室、トンネルに煙玉が浮かぶのは、多くの場合、湿気や塵埃に光が反射したことによる。

 

 ただし、環境条件だけで、総てを説明できないのは事実だ。

 ごく稀に、どうしても説明が出来ないケースが存在する。

 ニセモノの科学論者は「霊は存在しない」から「たまたま」だと言うのだが、それも科学的な姿勢ではない。「うまく合理的な説明ができない」現象については、「説明できない」と見なすのが科学的な姿勢だ。