◎祖母のレシピ
母方の祖母が「掛け蕎麦」と「饅頭」の名手だった。
祖母が亡くなってから、「あの祖母以上に旨い蕎麦を作れる人はいない」と気付いたが、あとの祭り。
その後、数十年もかかって祖母のレシピを研究している。
まずは田舎の話なので、蕎麦は総て自家製の手打ち蕎麦になる。蕎麦打ちは三年五年では出来ないから、これはさておくとして、蕎麦汁をどう仕立てるか。
私の郷里では、蕎麦つゆは昆布+煮干しベースの塩味だ。醤油は最後に風味を付けるためだけに使うので、汁は透き通っている。
蕎麦つゆが黒いのは関東中心の話で、そこから東に行くとその地によって独特の作り方をしているようだ。「トーホグ育ち」の私も、初めて東京に来た時に、立ち食い蕎麦の真っ黒けな汁を見て、少しびっくりした。
野菜はゴボウ、ニンジン、タマネギなどを細かく刻んで出汁を取る。この時に重要なのが干しシイタケで、これがあるとないとでは味がまったく変わってしまう。
ゴボウをよく水に晒し、臭みが出ないようにするのと、戻し干しシイタケが祖母のコツのひとつなのではないかと思う。
味が前に出ないようにするのがポイントだ。
干しシイタケは300グラムで千円を超えるから、出汁取りに使うのはやや贅沢だ。昔は農家の裏にタモ木(種木?)があり、自前でシイタケを育て、干しシイタケを作っていたから、ふんだんに使えたのだろう。
シイタケを生で使うと、生臭いキノコ臭が出るが、冷凍したり干したりすると、まったく別の食材になる。
出汁を取ったら、野菜は全部捨ててしまう。
シイタケだけ残っていたかもしれない。
祖母はその蕎麦つゆで、ネギと刻み海苔を、各々がお好みで乗せるだけの掛け蕎麦を出した。
ま、誰もが必ずお替わりをした。
ここからは、定番の話(持ちネタ)だが、いつも通り書く。
私の田舎では、冠婚葬祭で掛け蕎麦が出ると、それが「今日はこれで終わりです」という合図だった。
呑兵衛で長っ尻のオヤジたちも、ずりずりと蕎麦をすすると、「今日は、はあ、ご馳走さんでした」と帰って行く。
それがしきたりだ。
葬式の時には、祖母の得意の「葬式饅頭」と「蕎麦」の両方が出る。
加えて、母の実家は地主の血筋だったので、広い常居と座敷があったから、近所の葬式でも、食事は祖父母の家で行った。
小学生の私は、とにかく、祖母の蕎麦が食べたいので、オヤジさんたちの酒が終わるまで、目をこすり擦り、ひたすら待ったものだった。
手伝いが終わり、父母や兄と家に帰ると、すぐに私は父母にこう言った。
「ああ。また早く次の葬式が来ないかなあ」
はい。どんとはれ。