◎夢の話 第975夜 あの世に迷い込む
十四日の夜の十二時頃に観た夢です。
我に返ると、俺はどこか知らぬ家の縁側廊下に立っていた。
ここはどこだろ?
少し前に進んでみる。すると、奥の部屋に二十人ほど人が座っていた。
皆、黒い服を着ている。
なるほど、誰かが死んで、通夜か納棺が行われているようだ。
だが、俺は平服だった。どうやらこの通夜に来たわけではないらしい。
自分だけが違うというのは、さすがに居心地が悪い。
しばらくそのまま周りを見ていたが、おかしなことに誰一人俺に気付かない。
時々、後ろを見る客もいるのだが、俺には目を留めない。
手伝いが俺にぶつかりそうになるくらいだから、おそらく俺は誰の眼にも見えていないのだ。
「どうやら俺はここには存在しない者のようだな。それなら俺は幽霊なのか」
違うよな。
「てことは、これは夢だ。俺は今、夢を観ているのだ」
少しく考える。
「それも違う。夢の中なら、断片的な意識しか持たない。今の俺はこの事態をはっきり認識しているし、ものを考えられる」
なるほど。ここは夢の世界ではない。俺の魂が勝手に俺の体から抜け出て、ここに来ているのだ。
それなら、この人たちに俺は見えぬし、俺が思考力を保っている理由も辻褄が合う。
生身の俺は夢を観ている筈だが、魂だけがここに立っている。
だが、もうひとつの説がある。
「ここはあの世、すなわち幽界で、俺の魂がそこに迷い込んでいる」
幽界は幾らか物質世界とも繋がっているのだが、基本は個々の幽霊が思い描く想念、すなわちイメージで成り立っている。
一個の霊の周りにあるのは、その者が思い描くイメージで、他の者との接点を持たない。
各々のイメージの世界で暮らしているわけなので、同じ空間の中にいるのに、めいめいが別のものを見ている。
ここには二十数人が座っているわけだが、彼らの眼に映るものは自分が思い描いた心象だ。あの世は原則、ばらばらな心で成り立っている。
「ところで、これまでにも、夢がただの夢じゃないという経験があったよな」
気を付けなければならぬのは、うっかりするとここから出られなくなってしまうことだ。
要するに、眠っている筈の俺がそのまま死んでしまう。
こういう場合、どうすれば良かったのか。
「この世界に馴染んではいけない。一番ダメなのは飲食をすることだ。また、この世界の住人と関りを持ってはダメで、会話などをしないこと」
通夜葬式ならもてなしが出される。それを口にしてはいけない。
だが、皆が俺に気付かぬのだから、酒を勧められることはない。
今の俺は透明人間と同じだから、関りを持つこともない。
「それなら、少し見物して行くか」
俺のいた場所は縁側廊下だったから、俺はその床に腰を下ろし、この通夜か葬式を見物することにした。
列席者は皆知らぬ顔だ。俺の親戚ではないらしい。
女たちは一様にハンカチを出し、眼の辺りを拭っている。故人は良い人だったらしい。
まったく見当がつかない。
一体どういう関りなのだろうな。あるいはこれまでまったく知らぬ者の中に入っているのか。
俺だけが異質な存在になっている。
ここで俺は簡単なことに気が付いた。
「なあんだ。そんなのは、祭壇の遺影を見れば分かるじゃないか」
その写真の主が誰かを見れば、この場の人の関りや、俺が何故ここに来ているのかがわかろうというものだ。
そこで俺はもう一度腰を上げ、立ち上がった。
縁側廊下から部屋に入り、中ほどまで行けば、きっと写真が見える。
どうせ周囲には俺のことが見えんのだし、分け入っても平気だろ。
俺は部屋の中に入り、人の間を二三歩進んでみたのだが、そこで立ち止まった。
「待て待て。もう一つの可能性があるじゃないか」
俺はこの事態が、俺が夢を観ている最中に起きていることを知っている。
それが前提だ。
もしこのリアルな世界が、「現実世界」でも「あの世」でもなかったとしたら、他に考えられ得る世界は何なのか。
「もうひとつの答えは、これがこれから起きる出来事を指しているということだ。要するに、俺は予知夢を観ているのだ」
それなら、俺の先にある遺影の主は、「俺に近くて遠い」者だということだ。
親戚付き合いは無い。家族同士の関りも無い。葬儀に列席するような友人でもない。
だが、その人のことを俺は知っている。
「おいおい。止めてくれよ。他人の生き死にに俺は関わりたくないぞ」
俺は足を止め、その場に佇む。
ここで覚醒。
この日は、病院から帰宅し、居間に座っていると、何となく「今年は母がこの家に来る」ような気がした。郷里の家ではなく、俺の家の方だ。
それなら迎え火を焚く必要があるのだが、関東では主に新盆だから、玄関先に火を焚く家はない。もしやると消防に連絡されてしまう。
そこで、お線香を立てようとしたのだが、出先でお焼香をすることが多いので、線香立てを車の中に置いていた。
自室では、灰皿を線香立てに代用することがあるから、急遽これを持ち出し、お焼香をした。少しの間、玄関を開けて置いたから、母が来れば入れたと思う。
画像は雨の中でのお焼香。
この日はかなり雨が降ったので、玄関先が泥で汚れている。
一枚目には白煙が出ているが、こういう感じのは今やいつも出る。