日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎「秋」はどのように来るのか  (一昨年九~十月の振り返り)

 

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令和元年九月から十月の異変

◎「秋」はどのように来るのか (一昨年九~十月の振り返り)

 この場合の「秋」とは、「異変が起こり始める季節」という意味だ。

 夏の間は割合、穏やかに暮らせるのだが、九月に入ると、種々の異変が始まる。

 ここでは一昨年の九月から十月の出来事を拾ってみた。

 

 感想は「次々に出てたなあ」。

 休む間もなく新手が来るから、時間の経つのが早いし、逆に過去を振り返ると「遠い昔」のような気がする。

 この年は割合、九月の早い時期からどどっと来ていたようだ。

 ま、十一月以降になると、さらに拍車がかかり、目視もする程になる。

 まだまだ可愛いものだ。

 

 「あの世」には「想像を超えるものがいる」ことを実感するのは、九月二十七日撮影の化け物画像だ。画像上は煙でしかないのだが、細長い腕が私の胴体と腕の間を通っている様子が窺える。まるで、肩を組んでいるようで、この頃に自分が「向こう側から見られやすい」存在だと分かった。

 それもその筈で、九月二十三日のように、常に周囲を煙玉が回っており、それを目当てに幽霊その他が集まって来るらしい。

 酷い時には、外出する度に体がずっしり重くなるし、画像にその理由が現れる。

 

 今秋は生命力が落ちているような気がするから、おそらく例年よりも数多く、激しくアプローチをかけて来ると思う。

 この秋はなるべく人と会わず、隠遁生活に近い暮らしを送る必要がありそう。

 自分一人分でも大変なのに、他人からこっちに乗り換えられてはたまらん。

 自身の抱えるものは自分で解決すべきだ。自分一人で生きるか死ぬかしろよな。

 (ここはアモン流だ。)

 

 「あの世」は殆どの人が思い描くものとは違う。これは知識では片付かない。

 自身の経験の中でよく観察し、学び、会得するしか方法がない(今のところ)。

 多くの神さまが「天は自らを助くる者を助く」みたいなことを言うが、そこだけは神もアモンも変わらない。