日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第1K28夜 「健康ポッド」

◎夢の話 第1K28夜 「健康ポッド」

 十日の午前三時に観た夢です。

 

 義母と妻が花見に行った。

 婿の俺は一人で留守番だ。

 舅が生きているうちはまだ良かったが、死んでからは家族がおかしくなった。

 家を買う時に、妻の実家から資金援助をして貰ったのが災いし、舅が死ぬと、姑が娘の家に来るようになった。そのうちに、こっちの家に住むようになったのだが、この姑は口煩い性格で、始終嫌味を言う。次第にそれがエスカレートして、「この家は元々私らが買ってやったものだ」「婿の働きが悪いと苦労する」などと大声で叫ぶようになった。

 果ては、俺を差し置いて、二人だけで食事に出掛けたり、旅行に行ったりするようになった。

 俺が仕事から帰ると、家には誰もおらず、テーブルにレトルトのカレーが置いてあったりする。

 この日は珍しく早起きして、台所で何かを作っていると思ったら、花見用のご馳走だった。

 だが、俺の分は勘定に入っておらず、二人分だけだ。

 「貴方は休みなんだから、掃除でもしといて」

 そう言い残して、二人は桜の名所で名高い三本木山公園に出掛けて行った。

 

 俺は独りで家にいたが、こういう生活にはほとほと愛想が尽きていた。

 「いい加減うんざりしたな。こんな家はもう出て行こう」

 そう決心して、まずは役所の休日窓口に行き、離婚届の用紙を貰って来た。この街の市役所は、婚姻届けと離婚届については常時受け付ける。

 家に戻り、届に記入してテーブルに置き、部屋で自分の荷物をまとめ始めた。

 必要最小限の着替えだけをボストンバッグに入れたが、割合時間を食っていたと見え、気が付くと午後三時になっていた。

 「あいつらが帰ってくる前に家を出よう。顔を見るのも嫌だ」

 鞄を抱え、玄関に向かうと、俺の目の前でガチャッと音がして、扉が開いた。

 そこに立っていたのは、妻と姑だった。

 三本木山公園までは結構な距離があるから、まだ数時間は帰って来ないと思っていたが、少し読みが甘かった。

 「ああ。またこいつらのギャースカを聞かされる」

 そう思ったが、妻の口からは意外な言葉が出て来た。

 「ごめんなさいね。お母さんと二人だけで出掛けちゃって。貴方は仕事で疲れているようだから、せっかくの休日なのに私たちに付き合わせては可哀想だと思ったのよ」

 ここで姑が口を挟む。

 「そうよ。でも、考えてみれば、花見は近くの公園でも出来るんだからと考え直し、早めに帰って来たのですよ」 

 妻がテーブルに何やら包みを置く。

 「いつも酷いことばかり言ってごめんなさいね。これはお土産です」

 見ると、この地域で名店とされる鰻屋の弁当だった。

 「ささやかですが、普段のお礼のつもりです」

 

 この様子を見て、俺が真っ先に感じたのは「気持ちが悪い」ということだった。

 こんな筈はない。あの妻と姑が心を入れ替える訳がない。

 今朝、扉を出る時の二人の憎々し気な表情と来たら、俺が「この家を出よう」と決心する程だったではないか。

 (こいつら。まさか俺に毒でも盛るつもりではなかろうか。手頃な保険にも入っていることだしな。)

 俺は「万が一の時に」と五千万の生命保険に加入させられていた。

 怪しいことこの上もない。

 

 「あら。この封筒は何かしら」

 妻がテーブルの隅に置いてあった離婚届に目を向けた。

 「あ。そりゃ何でもないよ。僕のだから」

 俺はとりあえず様子を見ることにした。

 もし、この二人に何か魂胆があるとしたら、その証拠を押さえてしまえば、この家を出て行くのは俺ではなくこの二人の方になる。リスクはあるが、これを利用しない手はない。

 

 それから数日経ったが、別段何もない。

 二人はあの日以来、まるで別人になったごとく、俺に対し優しく接するようになった。

 俺の方は、そのことで益々二人を不審に思うようになった。

 「一体、これはどういうわけだ?」

 そこで、俺は状況を調べてみることにした。

 朝、妻が台所で料理をしているところに、背中から声を掛けた。

 「お前。あの花見の日に何かあったのか?」

 妻が振り向く。

 「え。何のこと?」

 「三本木山に行った時のことだよ。そこで何かあったのか?」

 「別に何もないわよ。健康ポッドには入ったけどね。すごく気持ちよかったわ」

 「健康ポッド?」

 「公園の一角にテントが張られていて、そこで健康増進ポッドの紹介をしていたの。循環が良くなり、体調が改善されるというから、お義母さんと二人で入ってみた。そしたら、本当に調子が良くなった」

 「お前とお母さんが急に明るくなったのはそのせいなのか」

 「別に私たちは変わらないわよ。体調が良くなっただけ」

 いいや。もはや別人の域だわ。

 「その健康ポッドはどこの会社がやってたの?」

 「コーロー省のモデル事業だとか何とか書いてあったけど」

 そんな筈はない。この俺自身がその省の関係者だが、そんな事業は聞いたことが無いのだ。

 「おかしいぞ」

 「え?」

 「いや、その展示会みたいなのは毎日やっているのか?」

 「たぶん、やってるわよ。貴方も行ってみれば」

 「ふうん」

 ひとまずここで話を切り上げ、俺は自分の部屋に戻った。

 

 「あれだけ性格の曲がった女が、多少血行が良くなったくらいで、変わるわけがない。きっと三本木山公園で起きたことと関係しているのだ」

 俺は思い立つとすぐに行動に移す性格だ。

 翌日は仕事を休みにし、その公園に行くことにした。

 

 公園の一角には、妻が言った通りに大き目のテントが十個も張られていた。

 各々が個別の展示室で、各テントで一人が「健康ポッド」を体験するらしい。

 平日だが、割合人が集まっていたが、受付で予約券を貰い、自分の順番が来るまで公園で遊んで待った。自分の番が来たら、案内の指示に従って、ポッドを体験する。そんな仕組みだ。

 番号札を貰うと、俺はあと二十五番ほど後の順番だった。係員によると、およそ二時間は待つらしい。

 これは俺にとってむしろ有難い。その時間にこの展示会の正体を探ることが出来る。

 俺は公園を散歩するふりをして、大きく迂回をすると、テントの裏に回った。テントの後ろは崖だったが、その斜面を伝い、ひとつのテントの中を背後から覗いてみた。

 すると、中ではちょうど若い女性が服を脱いでいるところだった。健康ポッドの中には薬液が満たされるから、全裸で入るようだ。ポッドは二つ並んでおり、その片方に入るらしい。

 女性は背中を向けていたが、さすがに視線に困る。

 「これじゃあ、俺はただの覗き屋だな。誰がどう見ても変態だ」

 女性が左のポッドに入る。ウイーンと言う音が鳴り、ハッチが閉まった。

 ハッチの上には何やらシグナルが点滅している。会場の入り口で係員に聞いたところでは、これは最初の身体測定らしい。体表面からDNAを採取し、遺伝病などの検査をする。

 ポッドの中からシャアッという水流の音が聞こえる。激しい勢いだった。

 そのまま二十分くらいすると、「ブブー」とブザーが鳴った。

 係員が入って来て、客の女性に声を掛けた。

 「はい。終了しますよ。ハッチを開きますから出て来て下さい」

 ウイーンとハッチが開く。

 ポッドの中から、真っ白な肌をした女性が立ち上がった。

 

 この時、俺は心底より驚いた。

 「おい。これはどうしたことだ?」

 若い女性が入ったのは左のポッドだったが、出て来たのは右からだった。

 ふたつのポッドを繋ぐのは、5センチくらいの太さのチューブが二本だ。

 「おいおい。あのチューブはマジックでも使わねばとても通れないぞ。でも、観客がいないところでマジックを見せても仕方がないのだから・・・」

 見た通りのことが起きたということだ。左に入った女性が消えて、右から同じ女性が出て来た。

 「うーん、どうしても解せん」

 そこで、俺はもう一度、ポッドを見物することにした。

 次の客は五十歳くらいの女性だった。

 やはり全裸になり、左のポッドに入ると、二十分後には右から出て来た。

 同じ女性のようだが、しかし、今回は違いがあった。

 女性が「若くなっていた」のだ。先ほどの入った時には五十歳くらいだったのに、出てきた時には三十過ぎだった。

 「なるほど。健康ポッドであることは間違いない。若くきれいになっていら」

 だが、問題はどうしてそうなったか、ということだ。

 「そいつを確かめるには、こいつを運営する側に訊いて見るのが早いだろうな」

 俺はテントの陰まで崖を上がり、そこでじっと人が来るのを待った。

 客が出ると、一旦、ポッドを洗浄するようで、係員が一人来た。

 二十二三歳の女性だ。

 その娘が掃除のためにテントの中に入ったところを後ろから羽交い絞めにした。

 「ちょっと訊きたいことがある」

 娘が「きゃ・・」と叫ぼうとしたので、俺は柔道の締め技の要領で娘の首を軽く絞めた。

 「叫ぶんじゃないよ。ただ話を聞きたいだけだから」

 そう言いつつ、頭の中では「これで俺も正真正銘の変態だ」と思った。覗きの次には、こうやって若い娘を襲っている。

 

 「このポッドは何だ。何故、左のポッドに入った者が右から出て来るんだ?」

 娘は答えない。

 そこで俺は娘の首を少し強く締めた。まともなやり方では答えぬと分かっているから、最初からこうしているわけだ。

 「おかしいじゃないか。なんでだ?」

 すると、息が苦しくなった娘がようやく口を開いた。

 「再構成してるんです」

 「再構成?そりゃ一体どういうことだ。素人にも分かるように話せ」

 娘はこれでポツリポツリと話し出した。

 「最初に遺伝子の情報を写し取り、記憶中枢のコピーを取ります。その後でたんぱく質アミノ酸に分解し、右のポッドで再構成して元の人間に戻すのです」

 「分解って、元の人間は溶かされるのか?」

 「ある意味そうです。でも、すぐに元の姿に戻りますし、記憶も元のままです。おまけに、遺伝子の不都合な箇所は総て修正されます。遺伝病の要因は総て除去されますし、老化物質もきれいに清浄されるんです」

 「それで若くなるわけか」

 「はい。そうです」

 「しかし俺の妻や義母はすっかり前とは別人になった。これじゃあ、同じ人間に戻ったとは言えんだろ」

 「性格の歪も矯正されます」

 ここで俺は手を緩めた。

 「だが、元の人間をたんぱく質アミノ酸に分解したところで、普通はその人間は死んだことにならないのか?クローン人間と同じで、同じ遺伝子情報と、さらにこのポッドの場合は同じ記憶を持つかもしれんが、やはり別の人間だ。同じ組成を持つ別の人間だということではないか」

 「それは考え方によります。全く同じ遺伝情報を持ち、感情も記憶も同じなら、事実上、同じ人間です。若くなり、病気も改善されるなら、得する方が多いですよ」

 おかしいな。絶対に違う気がするが、何となく頷きたくなる流れがある。

 俺も持病を抱えており、「これが治ればどんなに人生が楽しかろう」と思うことがよくある。

 

 ここでテントの外で人の気配がした。誰かが傍を通り掛かったらしい。

 すると娘が「助けて」と声を上げようとした。

 俺は急いで娘の口を塞ぎ、首を絞めて、外の人が去るのを待った。

 しかし、どうやら俺はやり過ぎたらしい。俺が手を緩めると、俺の腕の中で娘が死んでいた。

 「イケネ。やっちまった」

 頭を抱える事態だ。人を殺しちまったならエライことになる。

 でも、俺はすぐに気が付いた。

 「この娘をポッドに入れて再構成すれば、まだ間に合うかもしれん」

 死んだばかりの生きのいい死体だし、生きている時と遺伝情報その他はさほど変わらん筈だ。

 俺は自分のアイデアに大喜びをしつつ、娘を左のポッドに押し込んだ。

 機械自体は全自動だから、操作方法はコインランドリーの洗濯機と変わりない。

 スイッチを押すと、測定器が動き始め、すぐに遺伝子情報の解読が始まった。

 

 二十分後、右側のポッドが「チーン」と音を立てた。

 俺は「まるで電子レンジみたいだ」と思いつつ、「開く」のスイッチを押した。

 ハッチが静かに開くと、すぐに薬液が減り始める。

 数分であの娘が「ああ」と伸びをして、半身を起こした。

 ここで俺は自分が大失敗を犯したことを悟った。

 左のポッドに入る時には、被験者は全裸になる。全身を分解して、隣のポッドで再構成するためだ。

 しかし、俺はあろうことか、娘の服を脱がすのを忘れていた。

 ここの係員の制服は赤やエンジ、青の派手な色をしていたから、これが分解されて再構成されてしまった。

 結果、娘の姿は全身が斑色になり果てていた。

 俺は思わず呟く。

 「これって、『蠅男の恐怖』というSFとまったく同じ展開だな」

 さて、俺はこれからどうしよう。

 ポッドの中で微笑む斑色の裸身を眺めながら、俺は途方に暮れた。

 ここで覚醒。