◎上の叔父にまつわる「昭和の話」
父は三人兄弟の長男で、弟(私にとって叔父)が二人いた。「上の叔父」のことは、親族は皆「山の叔父ちゃん」と呼んでいた。
馬喰で、かつ姫神山の麓で開拓農業を営んでいたので、そう呼ばれていた。
この叔父は相当な曲者で、「嘘を吐くし法螺も吹く」ような人だった。小学一年生の当方に「お年玉」を十万円渡し、その場で花札博打に引き込んで九万七千円を巻き上げるような人だった。最初からお年玉を三千円渡すつもりで、当初の十万円は遊び。
しかも、花札が初手の子ども相手に、平然とイカサマをやった。ちなみに、昭和四十年頃の話で、大卒者の初任給が三万円あるかないかの頃だ。その頃の十万だから今の六七十万くらいにあたる。
当家には、分家の際に本家から分けて貰った日本刀があったのに、この叔父が神棚から勝手に持ち出して売っぱらった。家宝を父に断りなく売ったので、幾らか後ろめたさがあったのか、帰路に「お土産」だと称して、私に模造刀を押し付けた。
たぶん、自分の気持ちを整理するためで、叔父の心中では、たぶん、「返した」ことになっていたと思う。
この叔父を語るエピソードは山ほどあり、中にはすごく笑えるものがある。昭和二十年代、叔父がまだ二十台で、バイクを乗り回していた頃の話だ。当時の「カミナリ族」だったようで、メグロという単車にまたがった写真が残っている。
叔父はこの頃、香具師のようなことをやっていたが、子分のような若者を十人くらい従えていた。
その中に寺の息子がいたが、その寺では住職の趣味で虎を飼っていた。
その話を聞くと、叔父はパッと閃いた。
「この虎でひと儲け出来る」
そこで、叔父は「虎と牛を戦わせる」見世物を思い付いた。
「戦わせる」と言っても、実質的には、「虎が牛を食い殺す」のを見せる残虐ショーだ。
戦後五六年が経った頃で、朝鮮戦争が始まり、景気が良くなった。皆が潤う一方で娯楽に飢えている。
それを当て込んだ。
そこで、叔父は「痩せこけた子牛」を調達し、盛岡の八幡さまのお祭りに合わせて、川原に会場を設営して見世物小屋を開くことにした。
売り物にならず、今にも死にそうな子牛だったので、それを飼っていた農家は喜んだそうだ。
河原の草を刈って、綱を張り巡らせ、その中央に虎の檻を置いた。そこに牛の子を放り込んで、虎がその牛を食い殺すのを客に観せる。そんな段取りだ。
香具師の口上は叔父自身がやったらしいが、叔父はそういう時には弁が立つし、そもそも香具師が仕事だったから得意でもだった。
会場には数千人が集まり、皆が檻を注視した。
父も見に行き、その場に居たそうだ。
ちなみに父は叔父のプランには「殺生になるからやめろ」と反対していたそうだ。
いよいよ牛が檻の中に入れられることになり、会場が騒然となった。痩せた一歳かそこらの子牛だし、虎にかかられてはひとたまりも無かろう。
ところが、この牛が筋金入りの南部牛で、気性がすごく荒かった。虎を見るや否や、角を下げて、真正面から突っかかった。
幾度も角を突き立てているうちに、虎が戦意喪失して、遂には檻の隅に丸まってしまったそうだ。
これで納得いかなかったのは客の方だ。
客が「話と違う」と騒ぎ出した。虎が牛と戦いもしなければ、食ったりもしない。
「金を返せ」「主催者を出せ」
皆がそう叫んで叔父のことを探した。
この時、父は一体この先どうなるのかと案じたそうだ。
叔父の不始末の尻拭いをさせられたのは、一度や二度ではないから、また今度もお鉢が俺(父)に回って来るのか。
ところが観客たちが幾ら叔父を探しても、叔父は見つからなかったそうだ。
子牛が虎をひと突きした瞬間に、「コイツは不味い」と瞬時に悟り、叔父は銭箱を抱えて、とっくの昔に逃げた後だった。
ほとんど詐欺に近いのだが、内容は特に詐欺には当たらない。
額面通りのことを実際にセットして、実際に虎と牛を戦わせた。虎が負けることだけは誤算だったが、獣には筋書きや申し合わせが理解できないから「猪木アリ戦」みたいなわけには行かない。これは致し方なし。
当時の時代背景とも相まって、やることなすことが何だかおかしい。当人たちが真剣に考えている内容が「いかにも昭和」だった。
叔父の「尻の捲り方」が鮮やかで、父は「むしろ痛快だった」と言っていた。
父はこの見世物には一切関わっていなかったので、父が被害を被ることはなかったそうだ。
古き良き昭和の話だ。発想からして今とは違う。
小説にして、父にメッセージとして伝えようと思うが、出来上がるかどうかは当方の体力次第だと思う。
筋を立てると、逆にあざとくなるので、脚色せず起きたことをそのまま記す方がよいのかもしれん。
山の叔父は「飲む打つ買う」の三拍子男だった。
父は生真面目だったので、兄弟三人の性格がそれぞれまるで違う。
当方はこの「山の叔父」に最も「似ている」と思う(w)。
思い付きをすぐに実行してしまうところがそっくりだ。で、よく失敗する。