日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第1113夜 もう引退してる

◎夢の話 第1113夜 もう引退してる
 十月四日の午前五時に観た夢です。

 昔の知り合いから連絡があった。
 「大きな買い入れがあるから手伝ってくれない?」
 電話の主はかつてのコイン店の店主で、もう数十年前に引退して今は郷里で暮らしている筈だが。しかも俺の方も引退済みだ。
 「俺はもうコレクションは引退したんですよ」
 何度目かの死神が来た時に、命と引き換えに趣味・道楽を差し出したのだ。
 過去には、会社を差し出し、社交を差し出したから、もう代わりにするものが残っていない。次はアウトだ。
 「長野で、あの富トウ銭が発掘されたところだよ。六枚くらいがその人の家の敷地から出た」
 ふうん。たぶんその家には行ったことがあるなあ。
 主が亡くなり、「処分したいのだが」という依頼を受けて、下見に行ったことがある。
 だが、遺産の配分とか遺族間で何も話し合われていない段階だったから扱いようがない。そのまま帰って来たのだった。
 「どこから出た品だと聞きましたか。富トウ銭はやっぱり竃跡から?」
 「竃と柱」
 やっぱりね。柱建ての時に根元に備えたり、竃の周囲に撒く。
 要するに「祈祷用」で、まじない銭だった。
 そもそも「富をいのる」と書いてあるだろ。
 江戸時代の古銭書にも「厭勝銭」すなわち「まじない用の銭」だと明記されていたのに、なんで貨幣として発見されるのか。
 周回遅れのフライングだな。要は功名心。

 指定された駅に行くと、女店主とその伴侶らしき男性が二人で待っていた。女店主が俺をねぎらう。
 「ごめんね。わざわざ遠くまで来て貰って。お礼はきちんとするからね」
 「礼なんて要りませんよ。昔のよしみだし、俺はもう収集はやってませんから。少しの好奇心さえ満たされればそれで満足です」
 「買い取ったものを分けてあげるよ」
 「それはもう迷惑の域ですね。今は誰彼構わずあげちゃってますから。絶賛、断捨離中です」

 この辺で理性が働き始める。
 この店主と付き合いがあったのは、俺が三十になる前の話だ。
 それから数十年が経ち、俺がこの齢だから、オバサンはかなりの高齢だ。こんな風に元気にしているわけがないぞ。
 ダンナさんには会ったことがないが、確かオバサンより十歳は年長だったよう気きがする。
 「もしや。虫の知らせか」
 こういうのはよくあるからな。

 ここで女店主が俺に言う。
 「せっかく何時間もかけてきてもらったから、まずはお昼ご飯でも御馳走するよ」
 駅の近くにこぎれいなレストランがある。女店主をそこを指さした。
 「あそこでどう?」
 だが、俺は頭の中でくるくると考えを巡らせていた。
 「ここはもしかして、ただの夢の中ではないかもしれん。俺は時々、現実と繋がった夢を観るし、あの世に入り込んだような場所にも行く」
 それなら、ここで食べえ物を口にするのはダメじゃあないのか。
 妻が死んだので、冥界まで連れ戻しに行った者が、やっとのことで妻を見つけた。だが、その妻は冥界で食事をした後で、それがために戻っては来られなくなっていた。
 そんな昔話があったよな。

 女店主はにこやかに笑って、再度俺を誘う。
 「久しぶりだし、せっかくだから食事でもしようよ。さあさあ」
 おいおい。俺はせっかくあと半年の命を貰った。あれこれと死神にくれてやって得た余命なのに、好奇心のためにそれを放棄するのか。
 返事を待つ二人の前で、しばし思案に暮れる。
 ここで覚醒。

 車を廃車に出したが、トランクの隅に麻袋が押し込んであり、中が古銭だった。十数キロくらいだが、重いのでそのままにしてあったらしい。十年以上、そのままだった。
 その中にビニールの小袋があったが、中は焼け銭やバリ銭で、神社なんかで撒くためにここに入れていたものだった。
 昔、この女店主の店を訪れると、この人がバリ島の出土銭を一枚ずつ点検していた。
 福島の知人が古道具店を閉めることになり、餞別代りに残り物を買い取って来たとのこと。
 バリ銭は状態が悪く、加えてコレクターや業者を経由した品であれば値段はつかない。状態が悪い上に「見たカス」だからだ。
 ちなみに、雑銭の会で買い取りをやっていた時には、穴銭自体めったに来ないのに、来ればバリ銭だった。
 「蔵から出ました」ww
 蔵からバリ銭が出ることはなく、好意的にとらえても、それは最近蔵に入れたものだわ。
 いくら餞別とはいえ、出土銭の「見たカス」に金を出すのは気が引ける。それなら「お餞別」として一封を包んだ方が気が楽だ。当方はそう思った。
 だが、店主は当方の見ている前で、和同開珎を一枚選りだして見せた。他が腐れた出土銭なのに、その和同だけがきれいで、かつ立派だった。
 状態の悪い腐れ銭だから、誰もまじめに見なかったわけだ。
 面白いので、そのまま二時間くらい眺めていたが、女店主はさらにもう一枚の和同を拾った。こっちも信じがたいほど美銭だった。
 この時の思い出が鮮烈だったので、雑銭を発見したことで、こんな夢を観させたのだろう。
 あの店主はもう亡くなっていると思う。