日刊早坂ノボル新聞

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◎『北奥三国物語 鬼灯の城』 前半のあらすじ (盛岡タイムス紙 1月4日付)

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◎盛岡タイムス紙 1月4日付
『北奥三国物語 鬼灯の城』 前半のあらすじ
                 早坂昇龍
◆「呪い師」
 二戸釜沢館主・小笠原重清(釜沢淡州)の館に杜鵑女(とけんにょ)が現れた。
 杜鵑女は師に破門された破戒巫女で、放浪の挙句、釜沢館の搦手門の前で倒れていたのだ。
 重清はその杜鵑女の扱いを思案するが、杜鵑女の予言めいた言葉に耳を留め、ひとまず呪(まじな)い師として館内に置くことにした。

◆「邂逅」 (「邂逅」は「出会い」の意。)
 杜鵑女の言に従って、重清は三戸城下を訪れた。
 すると、幼い頃に死んだと思っていた妹が生きており、商家の女将になっていた。
 総てが杜鵑女が霊視した通りだった。
 重清は杜鵑女の言に従い、隣領の目時筑前と不可侵の協定を結び、人質の交換をする。
 重清には男児が無かったので、人質は双方とも館主夫人とした。
 重清は目時夫人・桔梗の姿を見て心を揺さぶられる。

◆「揺蕩」 (「揺蕩」は揺れ動くこと。)
 秋が深まった頃、釜沢館の家来・用人が毒茸にあたる。重清も茸毒に苦しむが、人質の桔梗により介抱される。
 桔梗はほとんど意識の無い重清の体を清拭し、その逞しい体に愕然とした。
 病気がちな夫と違い、重清は鋼のような体躯をしていたのだ。
 桔梗は夜毎に重清の肉体を思い起こし、悶々とする。

◆「渦流」
 十二月に至り、釜沢館を沼宮内(河村)治部が訪れる。治部は開墾や用水路普請について、重清の指南を受けに来たのだ。
 しかし、折悪しく、ちょうどその時、領境でいざこざが起きる。
 四戸領の百姓が釜沢に進入し、略奪を働いた。ところが、その百姓たちの後ろには、四戸の他、九戸方の軍勢が控えていた。
 その時、小笠原重清の配下はわずか十数騎。
見張りに出ている隊を呼び戻しても、せいぜい六七十である。
 だが、このまま捨て置くわけにはいかない。
 重清は出陣し、馬渕川を挟んで敵と対峙した。
 果たして百姓の間には四戸侍が混じっている。ここでもし、重清が川を渡って攻撃すれば、「釜沢が四戸領に攻め入った」という口実を与えることになり、背後にいる軍勢が攻めて来る。
 重清は一計を講じ、敵の侍を討ち取る。
 それを見た四戸軍が殺到した時、北の方角から三戸軍が寄せて来た。
 前は九戸方、後ろは三戸方に囲まれ、重清は緊張する。
 しかし、北から寄せる三戸軍は、蓑ヶ坂にいた東信義が三戸の防備のために兵を出したものだった。
 重清は東信義とは親交があり、信義が重清を攻めることはない。それを見取り、重清は安堵する。
 一方、四戸軍は敵が多数であることを知ると、すぐに撤退した。
 その夜、重清が眠れずにいると、寝所に桔梗が手炙りを届けに来た。
 桔梗は重清の心を癒すべく、己の着物の前を開く。重清は、ついに桔梗と関係を持ってしまう。

◆「業火」
 馬渕川原の戦いから半月後、釜沢館を九戸政実が訪れる。政実は四戸一族に讒言を受けており、重清の真意を確かめるべく、工藤右馬之助を伴って訪館したのだ。
 重清が戦いについて語ると、政実は納得し、「年賀式に出るがよい」と重清を誘った。
 その日、重清は杜鵑女を引き連れ、三戸の伊勢屋に向かう。表向きは年越しの支度のためだが、その実は杜鵑女を休ませるための計らいだった。
 伊勢屋に着き、部屋の支度が出来るまで二人は向かいの茶屋で待つことになる。
 するとそこには、伊勢屋の様子を窺う男女がいた。男女の物腰を見れば明らかに盗賊の類である。
 重清はその者たちを呼び止め、警告した。
 伊勢屋の離屋(はなれ)で、杜鵑女は重清に夜伽を命じられると覚悟したが、しかし、重清は求めては来なかった。
 翌日、二人が帰館すると、大手門で目時の人質である桔梗が待っていた。
 並び立つ二人を見た瞬間、杜鵑女の目には、地獄の業火が二人の周りを取り巻いているように映った。
 杜鵑女は「あの女を放逐せねば」と決意する。
 一方、重清と桔梗は情交に明け暮れる。
 ついに桔梗は重清に「夫・目時筑前を殺してください」と乞う。

◆「陰謀」
 重清は、九戸政実の催す年賀式に出席すべく、総勢五名で釜沢館を出発した。
 前日からの降雪で、重清一行は馬橇を使用したが、それでも平常の三倍の時を要した。
 漸く四戸領との境に達すると、そこには四戸の刺客十二名が待ち伏せていた。
 年賀式の日に暗殺を企てるのは、如何にも都合が悪いので、刺客らは自らを「毘沙門党」と称した。すなわちそれは強盗の仕業に見せかける意図による。
 従者二人が斃され、重清に危機が訪れる。
 すると、町屋の陰から男装束の女が現れた。
 その顔を見れば、その女は重清が昨月三戸で会った紅蜘蛛という盗賊であった。
 紅蜘蛛は偶々、すぐ近くの旅籠に泊まっていたが、侍に自分たちの名が勝手に使われたことを知り、外に出て来た。
 すぐさま毘沙門党と四戸の刺客との間で戦闘が始まった。
 重清は「敵の敵は味方」と見なし、すぐさまその場を離れた。

 この事件の知らせが目時筑前に届く。
 筑前はこれこそ好機だと考え、釜沢との間で和議を講じることにした。
 重清は九戸党と軋轢を生じさせており、孤立している。そこで、「三戸との仲を取り持つ」と持ち掛ければ、必ず申し出に応じる。
 その和議の席で重清を殺し、釜沢を手中に収めよう。筑前はそんな風に考えたのだ。

 和議の申し出が届き、重清はそのことを桔梗に話す。桔梗は、重清が「案じるな」と言うばかりなので、不安感を募らせる。
 和議が決まれば、自分は目時館に戻されてしまうのだ。
 ついには、桔梗は自らの手で筑前を暗殺することに決め、杜鵑女の許を訪れる。
 桔梗が鼠を駆除するための毒の調合を依頼すると、杜鵑女は当日中に作ることを約束した。
 杜鵑女は、桔梗がその毒を夫殺しに使うであろうことを察知する。
 杜鵑女の霊視によれば、桔梗は重清の行く末を破壊し、釜沢を滅ぼす悪女である。
 この女を除かねば、杜鵑女の身も危うくなってしまう。
 そこで、杜鵑女は桔梗の謀に乗じ、毒を用いて桔梗自身を殺すことを決意する。
                  (後半に続く)

◆筆者による解説
 釜沢淡州・小笠原重清にまつわる伝説は、戦国末期の北奥でもひときわ異彩を放っています。
 北奥を二分する三戸・九戸の抗争に直面し、淡州はそのどちらにも加担した形跡がありません。三戸九戸のいずれにも賛同しなかったのです。
 ところが、二戸宮野城(九戸城)が落城すると、僅か数日のうちに、大光寺光親が二千騎の軍勢を以て釜沢館を急襲します。
 釜沢攻めには、専ら南部信直の命を受けた鹿角侍が出動し、糖部の侍はこれを静観しました。
 抵抗と抗戦の後、淡州は滅びますが、そこに至る経過が、今に至るまで謎となっています。
 かたや内政面での淡州は極めて優秀な人物で、父吉清(浄)の代から開墾と整地に力を注ぎ、釜沢用水の建設にも取り組みました。
 小笠原一族は生産力の向上を第一に考えていたということですが、当時としては稀有の考え方をする地侍であったと言えます。

 後半は憎悪と怨念に満ちた内容となりますが、負のエネルギー全開で行きたいと思います。
話はこれから佳境に入りますので、本紙を購読し、リアルタイムで展開を読むといっそう楽しめると思います。