日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第696夜 幼馴染み

夢の話 第696夜 幼馴染み
 2日の午前零時に観た夢です。

 我に返ると、俺は受話器を持って電話を受けていた。
 「すぐに来てくれない?」
 幼馴染みの和子の声だ。
 和子は俺より2つ年下だから、今は23だな。
 こいつは何か困ったことがあると、いつも最初に俺に連絡してくる。
 前回は2年前で、「マンションの配水管が故障したから」で呼ばれた。
 それなら、醤油屋の息子の俺ではなく、水道屋の仕事だと思うが、和子は俺に連絡する。
この時は故障箇所を確かめ、俺が水道屋に電話をした。
 この手の人間はいざ問題が通り過ぎると、相手にあれこれやらせたことを忘れてしまう。
 問題が無くなると同時に、俺のことも頭から去ってしまうのだ。
 だから、「ありがとう」のひと言すら殆ど言われたことがない。
 和子は俺のことを兄か親戚のように見なしているのだ。

 だが、もちろん、俺の方は違う。
 俺は小さい時から和子が好きで、恋心を抱いている。
 だが、俺はしがない田舎の醤油屋の倅だし、今は都心で働いているが、いずれは実家の跡を継ぐ。
 和子の方は代々続く医者の娘で、親はマンションを5つ持っている。
 金持ちの娘で何不自由なく育ったから、まるで苦労を知らないが、「苦労知らず」は自分が「苦労知らず」であることを知らない。経験が無いから想像すらしないのだ。

 「ゴロちゃん。すぐに来てね」
 ほほ。俺って「ゴロちゃん」だったのか。
 醤油屋の五郎じゃあ、どっかで聞いたことがあるような役柄だな。
 (仕方ないな。)
 とりあえず、行ってみることにした。

 マンションに着く。
 大きなマンションだが、建物の詳細まで憶えている。
 前回着た時とは印象が違うが、俺は迷わず和子の部屋に向かった。
 歩きながら、何故、この建物を知っているのかに気がつく。
 「ここは俺がいつも夢に観るマンションじゃないか。してみると」
 今は夢の中だったりしてな。
 「まさかね。こんなに現実感があるのに、これが夢ってことは無いだろ」

 ドアをノックすると、和子が現われた。
 「ゴロちゃん。お願い」
 中に入ると、ソファに男が座っていた。
 ははん。男のトラブルか。
 金持ちの子どもは生活の抑制がないから、自由に育つ。
 多くはその「自由」の後ろに「気まま」という言葉がつくほどだ。
 働かなくていいから、時間はたっぷりあるし、その時間に塾に行ったり家庭教師を雇う経済的余裕がある。そのせいで大半は「自分は優秀だ」と錯覚する。
 農家や商人の子どもは家の手伝いを夜中までするから、実質的にはハンデに乗っかっているのに過ぎないのだが、そんな境遇の者のことを金持ちの子は想像できないのだ。
 自由に育てられると、発想が豊かになるし、感覚が鋭敏になる。芸術家が金持ちの家から生まれるのは、そういう意味だ。そんな良い面もある。
 だが、その反面、抑制が少ないので、奔放なことが多い。
 ご他聞に漏れず、和子も男出入りが多いタイプで、20歳前から男が次々替わった。
 そして、和子が付き合うのは、ロクでもない遊び人が殆どだ。
 ひとは自分にないものを求めるものだからな。

(こいつもそんな類の不良もどきなんだろうな。)
 俺が前に座ると、男がはすに構えて、顎をしゃくった。
 男のシャツの前のボタンが2つ外れている。
 「俺はこいつには散々尽くして来た。それなのに、こいつは俺と別れたいと言う。それはそれで結構だが、それならきちんと精算してもらおうと思ってるんですよ」
 「精算。和子が何か借りでもあるんですか」
 「いや。直接、金の貸し借りはないけれど、こいつのために俺はずっと尽くして来た。金持ちなんだし、多少の礼はあって然るべきでしょう。そうじゃないですか」
 肩を動かしてセリフを言っている。
 不良っぽいやり方だが、本物の不良じゃない。テレビか何かで観た役者の動きを真似してるんだな。
 「組の事務所にも随分不義理をしてるんですよ」
 あ、素人だ。これで確定。
 本物が絶対に言わない科白を言っている。
 俺は企業舎弟の企業に勤めていて、社長室が仕事場だ。だから、玄人が出入りする。
 接待で、その玄人と酒を飲んだり、麻雀を打ったりしているから、そいつらの生態はよく知っていた。
 こういう半ピラは、喜んで紋々を入れる。たぶん、コイツも入れているだろうが、どこにどういう柄を入れるかで、どの程度のヤツかは分かる。
 ま、外から見えるところに入れるのは、大体が鳶とか左官みたいな職業のヤツだ。本業じゃない。
 「組」ってのは丸ボーじゃなく、建設会社のこと。こいつは見た目よりはるかにバカだ。

「和子ちゃん。コンビニに行ってキャメルを買って来てくれないか。買い忘れて来たから」
 そう言い付けると、和子が頷いて立ち上がった。
 和子がドアを閉めて出て行くのを確かめると、俺はさりげなく自分のベルトに手を伸ばした。
 バックルの隣には、特注のメリケンサックを差してある。
 「話が長くなりそうだから、飲み物を用意しますね」
 立ち上がって、一旦背中を向けるが、くるっと一回転して男に近寄り、こめかみの辺りにサックをぶち込んだ。
 こういう手合いは少しでも後ろに下がると、どんどん前に出て来る。
 弱みを見せるといつまでも付きまとう。
 こんなヤツは、「仕返しをしよう」なんて気持ちが塵ほども無くなるまで、痛めるに限る。
 ここで覚醒。

 「醤油屋のゴロちゃん」は、いざ大人になったら、高校生の時とは変貌していました。
 まったく時を駆けていません。