日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎「穴に入ると神隠し」

◎「穴に入ると神隠し」

 あの世の「穴」にまつわる話の続きになる。

 「穴」には次のような前提や特徴があるようだ。

1)この世とあの世を繋ぐ「穴」、すなわち交流点のようなものが存在する。

2)その「穴」を幽霊が出たり入ったりしている。

3)「穴」の周囲には沢山の幽霊がいて、盆踊り状にぐるぐると穴の周りを回っている。

4)生きた者が「穴」に入り込むと、出られなくなる。

 

 様々なケースを調べているが、北海道の「姉たちが見ている前で弟が消えた」事件では、姉たちが山の上からわずか数十㍍下った道を弟が歩いている姿を見ていた。

 一本道で、林や藪に分け入った形跡がないのに、ほんの数分後に忽然と姿を消した。

 あるいは、赤城山のケースが有名だ。登山道からすぐ近くのトイレに立ち寄った女性がふっつりと姿を消した。

 様々な人事の事情がある場合も多いだろうが、衆目のある所で起きているケースには、「穴」が関わった案件もあると思われる。

 

 以下はあくまで推測だ。「穴」を認識し、近くまで行くことがあるわけだが、入ったことはないから、類推するしか方法がない。

 恐らくは、失踪者は「穴」に立ち入ってしまった。

 本人の自覚では、別段それまでと変わりがない。周囲に見えるものに変化はない。

 だが、同じ道を戻ろうとすると、景色がまるで同じなのに、先ほどとは状況がまるで変わっている。

 つい先ほど眼にしたのと同じ景色なのだが、そこに人はいない。ほんの数十秒足らずで、他の人が消えてしまっている。これは逆の側から見ても同じだ。

 景色は同じかたちをしているが、実際には別の世界に入り込んでいる。

 家族や仲間が見えぬので、当人は急いで元の道に戻るのだが、どこにも人がいない。

 前に通った時と同じ建物などがあるのだが、少しずつ変化している。

 あとは、「それまでとそっくりだが、しかし、まったく別の世界」で暮らすことになる。

 

 もっとも可能性が高いのは、「死出の山路」の先にある世界だ。

 これは「あの世」の一種で、生きている者の住む世界に最も近く、重なって存在している。物的環境はほとんど現実世界のものと同じだが、その者の主観によって構成される面があるから、いわば心の持ちようでかたちが変わる世界になる。

 二十代の頃、心不全を発症し、数分間ほど心停止したことがあるが、その時に最初に観た情景は自分自身の姿だった。医師が私の胸をマッサージしているのを、その隣に立って見ていたのだ。

 次は廊下の長椅子に座る父と救急隊員が話をしている場面だ。

 救急隊員は「若者が突然、心不全を引き起こす」事例について、父に説明していたが、半ばは慰めていた。

 恐らく「助からぬ」と見たのだ。かたや父の方は茫然としていた。

 その直後に、私は処置室に引き返したのだが、気がついたら自分の肉体に戻っていた。程なく目覚めたが、起きてみると、具合の悪さが消えていた。

 ひとまず朝まで病院に居て、歩いて家に帰った。

 後に、父に「あの時、こういう情景を眼にした」と伝えると、実際に起きたことと同一で、話の内容も寸分たがわぬものだった。

 恐らく、まだ私は肉体と繋がっていたのだろう。父や隊員の姿を眼にしたが、肉体との絆が切れたら、「同じ見え方をするが、しかし、まったく別の世界」、すなわち幽界に入って行ったと思う。そこでは父や隊員など、生きた者のほとんどが消える。

 

 一度、近くまで行ったせいなのか、体の具合が悪い時などに、昏睡状態のまま妄想を観ることがある。

 多くは「暗い峠道を歩く」妄想だ。妄想と言うには尋常ならぬ現実感がある。

 山道を歩いていると、道端に商店がある。コンビニほどの大きさの店だが、廃屋同然で半ば壊れている。人の気配はない。

 それまで一度も訪れたことのない店なのだが、しかし、「どこかで見た」という記憶がある。よくよく考えると、私の郷里の家に似ていた。家業が商店で、店自体は幾度か建て直されたのだが、そのどの店にも似た要素があった。

 要は私の記憶を基に作られた店だった、ということだ。

 成仏出来ぬ魂が直面するのは、主観的に構成された外界と、断片的に現れる他の幽霊や生きた人間の心だ。ひとの心は醜悪で、頭の中は得手勝手な悪心で一杯だから、その世界も暗く醜いものとなる。

 処置室に横たわる私自身に戻れなかったら、私はずっとあの暗い闇の世界にいただろうと思う。

 

 生きたまま「穴」に入り込んでも、同じ境遇が待っている。

 「穴」に影響を受けぬ者の方が多く、そういう者はただ通過するだけなのだが、「あの世」と接点を持ち、共感してしまう者は穴の入り口に入り込んでしまう。

 「死出の山路」(幽界)は常に薄暗く、得体の知れぬ獣の声や、得手勝手なことを叫ぶ人の声に満ちている。元の世界に戻ろうと、ひたすら歩くことになるが、どこまで行っても同じ景色が続くだけだ。

 「穴」に入り込んで、そこから戻って来たケースは皆無だから、体験談を収集するのは困難だ。もし何例かが分かれば、誤って入り込んでしまった時の脱出方法を導くことが出来そうなのだが、今のところ手立てはない。

 

 私のように臨死体験を経験した者は若干いて、その時の体験談を集めている。

 一方、「神隠し」から戻った者については、これまで一例も出会っていない。