◎夢の話 第1K69夜 押し入れに何が
十日の午前二時に観た夢です。
この時期には、心魂の状態を整えるのが最も重要で、そのためには、「寝る時に癒し水を供える」ことが有効な方法のひとつになる。
最近、あまり悪夢らしい悪夢を観ないのだが、昨夜は夕食後にそのまま寝入ってしまったせいか、水を供えられず、結果的に悪夢を観たようだ。
俺は団地の一室みたいな部屋に、妻と二人で立っていた。
部屋の中には、梱包された荷物が沢山積んであったから、これから引越しをするか、あるいは引っ越して来たかのいずれかだ。
妻は四十歳くらい。これまで見たことのない女だが、なんとなく「コイツは俺の女房だ」という意識がある。だが、俺もこの妻も、起きている時とは全くの別人だ。何となくそんな気がする。
「何だか俺は夢を観ているようだな」
ここで妻が真顔で俺に言う。
「警察はすぐに来るって言ってた」
「え。警察?何かあったのか」
「自分が呼べって言ったくせに」
俺が「警察に電話しろ」と言っていたのか。何だっけな。
考える間もなく、玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開くと、オレンジ色の制服を着た男が二人立っていた。
「チョさんのお宅ですか?」
(チョだと。何だよその名前は。)
頭の中の声とは裏腹に、俺の口が勝手に答える。
「はい。そうです。こちらにどうぞ」
二人が中に入って来て、書類に何やら書き込んでいる。
「で、どこにあるんですか?」
一人が問うので、俺は仔細を答えた。
「ここに引っ越すことになり、今日はその日なのですが、来てみたら、私らのものではない荷物があったのです。今、あちこちで起きている事件と同じなので連絡しました」
「ブツはどこですか?」
「奥の部屋の押し入れの中です。寝袋みたいなのが入っていました。前に来た時には無かったのに」
制服の男たちが頷く。
「では調べてみましょう」
すると、男たちはするすると制服を脱ぎ始め、一旦、真っ裸になった。
そして持参して来た別の制服に着替えた。今度は防護服みたいな服だ。
頭の中で、「仕掛けがしてあって、包みを開くと、そこでぶわっとガスが出るんだったな」という説明が聞こえた。
「押し入れの寝袋ですね」
「はい」
「では調べますので、お二人は外に出て下さい」
言われるまま、俺たちは玄関から外に出て、念のため、建物から三十㍍くらい離れた。
歩きながら、俺は総てのことを思い出した。
この事件はこの街の各所で起きている。
家の中に勝手に荷物が置いてある。多くは寝袋のサイズで、実際にその中には女の死体が入っている。
それだけではなく、それを開くと中に仕掛けがしてあって、死体の腹に仕込まれた毒性のガスが噴き出るようになっていた。
同じようなケースが既に八件報告されていた。
一説では、隣国の工作だという話がある。社会不安を巻き起こし、政府に対する不信感を植え付けるためだ。この他にも、酷い交通事故などが起きるが、それもそんな行為の一環らしい。
妻が不安げに部屋の方角を見詰める。
「もう住めないわね」
「そうだな。死体を仕込まれていたんじゃあ、住む気にはなれん」
俺たちが見ている前で、建物から「ドン」と音が響き、すぐに火の手が上がった。
「やや。今度はガスではなく爆弾だったか」
「じゃあ、あの人たちは?」
「ちょっと不味いかもしれん」
ここに、後続の警察車両やら、消防車やらが到着した。
「目の前の出来事にしか目を向けんから、この国の人間はすべてに渡って対応が遅い。こいつらが気にするのは、万事が見てくれだけだ」
「じゃあ、どんどん酷くなるね」
「うん。酷くなるさ」
建物から再び「どん」という音が響き、三階から上が黒煙に包まれた。
ここで覚醒。
悪夢は、夢の中では「自分がその国の人間だった」というところだ。
冗談じゃない。それこそ地獄だ。