日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎霊界通信5/10 常在戦場の日々

◎霊界通信5/10 常在戦場の日々
 幾日か前に「殺してやる」と言われたほどのことはあり、あちこち不具合が起きている。
 正体不明のアレルギー反応からの喘息症状や、腹痛(これも原因不明)、さらに昨夜は右眼が急に痛み出し、抗生物質を点眼して痛みが治まるまで八時間くらいかかった。

 眼はまだよく見えず、文字の判読もままならぬ状態だ。
 喘息の方は、たぶん アレルギーが引き金と思うが、同じような反応を示す人が沢山いるらしい。家人の小学校でも教員、児童が複数訴えているとのこと。
 スギやヒノキ花粉がほぼ終わり、穏やかな時期の筈だが、何か別の原因があるらしい。
 家人はこれを「中国の毒」と呼んでいる。
 喘息持ちの家人は、長年、黄砂に苦しめられて来たから、何か「悪いものは中国から来る」イメージになっているらしい。
 アレルゲンは中国由来とは限らぬが、実際、中国から「悪いものばかり来る」のは確かだと思う。だてに四千年のワルの歴史を持つわけではなし。
 どんなにエラソーな顔をしても、中国など三十年前は「ただの野原」だった。

 成り上がりによくあるような傲慢さを隠せぬのは、所詮はまだ成り上がりということ。

 ところで、通常の病因に加え、当方の場合は別ジャンルの要因を考える必要があるから、余計に面倒だ。
 幸か不幸か、この数年の経験で、全く動じなくなっているわけだが、面倒臭いことには変わりなし。
 死んだ後に何が起きるかは、幾度も垣間見て来たから、今さら怖れることは何もなし。
 だが、さすがに目の前の苦痛には閉口させられる。
 金曜には出掛ける予定があったのに、右眼が見えぬので取りやめた。痛みが治まったのは午後になってから。

 この家に引っ越してから二十五年経っが、早々から夜中に玄関のドアをノックする音が響いた。
 これはブログに逐一記して来た通りで、十五年くらい続いた。
 それが平成元年頃に家の中に入り込んだようで、それから数年間は、カウンターの陰に立ち、時折、当方を覗き見る状態になった。立っているのはいつも女で着物を着ている。
 稲荷眷属の僧侶だの、病院の窓の女だの、悪霊と戦っている隙に、また一段近くに来た者がいて、今は時々、料理をしている時に、すぐ隣に立っていることがある。
 気配があるので、家人だと思い、「俺が包丁を持っている時には、声を掛けてから近付けよな。時々、振り回すから危ねえぞ」と言って隣りを見るが、誰もいない。
 面倒なので、気配がした時には、ささっと自分との間の空気を包丁で切るが、それが家人だったりする時があり、かなり危険だ。

 イカレた者の話だと思うが、自分の直感を第一義に考える主義のおかげで生きて来られたと思う。

 

 画像は今に繋がる繋がる 総ての始まり。

 心臓の具合が悪く、平地を三十㍍歩くごとに休む状態だったが、神社を回る過程でトラに出会った。トラは初対面の当方を神殿まで導き、帰路も鳥居まで送ってくれた。

 その後、この神社猫との交流が始まり、気が付いた時には、普通に歩くことが出来るようになっていた。原点を忘れぬように、時々画像を開いて、ありし日のトラの姿を想う。