日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎幽界散策 越生・嵐山編 大亀沼から鬼鎮神社

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◎幽界散策 越生・嵐山編 大亀沼から鬼鎮神社 

 外出時には、赤外線カメラを持参し、気になる箇所ではそれを使い撮影することにしました。
 通常の見聞記とは切り離します。

 「五大尊つつじ祭り」を出て、嵐山に向かおうとしたのですが、途中で大亀沼を通りました。
 ここは幾度か異変を撮影した場所で、島の鎮守さまの前の水面上に「扉」が開き、そこから幽界の住人が顔を出していました。
 この日、沼の前に立ってみると、扉の前に立った時のざわざわ感がありません。
 「何とも無いな」
 たぶん、扉が閉まっているのでは。
 実際、帰宅してから画像を開くと、まったく何も無い、クリアなものでした。

 普段はこう。
 ・何とも言えない違和感を覚える。
 ・ばさっと遠景を撮影すると、霧か「もや」のような煙が写る。日光が作る類ではないものです。
 ・丁寧に撮影すると、煙玉や人影、顔が出る。

 そこから、嵐山町の鬼鎮神社に向かいました。
 ま、初めての場所なので、何かしらご挨拶はあるでしょう。
 そんな予想通り、さらっと異変が出ていました。

 画像としては、はっきりしないように見えますが、メッセージ性が高そう。
 今回、遠景の段階で、後ろに誰かが立っていると思いました。
 画像では、着物を着た女性で、頭はシルエットだけで見えません。
 よく見ると、頭は下の方に落ちています。

 ここからは、単なる想像であり妄想です。
 着物が左前であることと、頭が離れていることを重ねて考えると、この女性は「斬首された」のではないかと思います。
 
 自分を見てくれそうな人が来ると、幽界の住人はまずその人の視線を確認します。
 それで、その人が反応し、自分のことを見られる・見てくれると分かると、さっと近寄って来ます。
 そこで、「助けて」と叫びます。
 そのまま着いて来る者もいますので、通常は「自分には何も出来ません」と声に出して言い、その場を離れると問題は何も起きません。
 私は平気なので、「5メートル以内に近付かないのなら、着いて来ても構わない」と念じます。

 幽界の住人(幽霊)の話になると、とかく「呪い」だとか「怨念」「憑依」とかいった、おどろおどろしい話になるのですが、そういうものは全部作り話です。
 心が総て、表情になって表れるので、怖ろしく見えますが、「顔が悪いからと言って、悪人とは限らない」のと同じです。
 自ら招き入れたり、軽視したりしなければ、悪影響を受けることなどほとんどありません。

 画像のサイズを縮小する必要があるため、画質は20分の1に落ちています。
 ま、もともと、可視域の境界をまたぐものですので、はっきりとは見えません。

 ちなみに、この場所に何か問題があるとか、悪縁があるとかという話ではありません。
 撮影者が「きちんと向き合う」者であれば、どこで撮影しても、条件さえ合えば写ります。 

追記)
 突然死したり自殺したりすると、死ぬ時の姿のまま留まっているケースがあります。
 首を吊って亡くなった幽霊は、両目が飛び出し口を開け舌をだらっと下げていることでそれと分かります。 
 意識がそこでぷつんと切れるので、そこで固まっているのではないかと思います。