◎夢の話 第992夜 修験者
二十九日の午前三時に観た夢です。
我に返ると、集会所のような家の前に立っていた。
周囲には、高齢の男女が七八人いた。
ここで記憶が蘇る。
俺はこの地に引っ越して、まだひと月目だ。
早速、町内会の活動があり、この集会所を掃除しに来たのだ。
すぐ近くに鳥居があるが、ここは昔、神社だった。廃社となるに伴って、社務所の建物が集会所に変じたというわけだ。
町内会の集会所だから、地域民が共同で管理する。
中に入ると、すぐに広間になっている。
なるほど、ここが祈祷所だったわけだ。この広間には六七十人は入れそうだから、集会施設にしたのは正解だ。
皆が手分けして、掃除を始める。
俺は勝手が分からぬから、とりあえず箒で掃き掃除を始めた。
ソコソコ人数がいるから、割と手早く進む。
集会スペースがきれいになったところで、右奥の扉が目に入った。
そこで年配の男性に訊いた。
「次はあっちの部屋ですか?」
「あ。あっちは良いんですよ。今は使っていないし」
もう一度その扉を見ると、取っ手のところに板が打ち付けられていた。
中に入れぬようになっている。
「もう使っていないのですか」
「ああ。色々あってね」と男性が目配せをする。
「神主がちょっと揉めて、刃傷沙汰になったことがあるんだよ」
閉じたままにしてあるのは、「怪我をした」程度の話ではないということだ。
もう一度その扉に目を遣る。
俺は生来、勘が働く方だから、その扉には最初から違和感があった。
その扉の方から、何やら重苦しい圧力が押し寄せて来る。
(曰くのあった場所なのに、平気で集会所にしているのだな。)
だが、俺のように直感が働かぬ人の方がむしろ多い。そして、そういう人にはほとんど影響が生じないのだ。普通の人にとっては、ごく普通の場所だ。
「でも、俺は違うよな」
これを声に出して言っていたのか、先ほどの高齢の男性が「え?」とこっちを向いた。
「いえ、何でもありません」と答える。
ここで頭の中で色んな思いが渦巻いた。
「あの扉の向こうには、たぶん、何かがいる。長く眠っていたのだ。そして、そいつは俺がここに来たことを既に悟っている筈だな」
だから、何とも言えぬ圧力が押し寄せて来るわけだ。
もし、俺がここに来たことが、何かの「引き金」になったとしたら・・・。
「あいつが本格的に目を覚ますかもしれん」
そんなことを考えた瞬間、女性の誰かが声を上げた。
「あら。誰かそこの扉を開けましたか?開いているけど」
皆が一斉に目を向ける。
先ほどの男性が答えた。
「え。誰もそっちには行っていなけどね。大体、開かないように閉めていたんだからね」
誰も近寄っていないのに、引き戸がすっかり開け放たれていた。
その開いたところから向こう側の部屋が見える。
そこで俺は気付いた。
「しまった。俺はここに来るべきではなかったのだ」
その部屋には、奥の方に小さい祭壇がしつらえてあった。
長年、使っていなかった筈なのに、真新しい白い紙垂が沢山下がっている。
そして、その祭壇の前には、修験者が背中を向けて座っていた。
周囲の者は、掃除を再開している。
あれが見えるのは、俺一人だけなのだった。
俺は戦慄し、その場に動けなくなった。
その俺の見ている前で、修験者がぴくりと体を動かした。
「今、はっきりと俺の存在を知ったのだ」
手足が動かない。俺は立ったまま、いわゆる「金縛り」の状態に陥っていた。
修験者が再び身動ぎをする。
そいつは、程なくこっちを振り返る。
ここで覚醒。
ちなみに、不慮の事故や事件で亡くなった人が幽霊として目覚めるには、十数年かかることが普通だ。
死後はそれくらいの期間、暗いところで眠っている。目覚めた時には、頭が働かず、記憶の断片に従い、感情の赴くまま彷徨う。
神職でなく修験者なのは、その二人の間で諍いが起きた、ということだろう。
私は居間で寝入っていたのだが、悪夢に苦しみながら目を覚ました。
すると、隣の部屋の息子もあまり良くない夢を観ていたようで、「ううう」と唸っていた。
追記)これは前後を補足すると、「怪談」シリーズに直せそうだ。
現実とは結び付かぬのだが、「怖そうな作り話」になら変えられる。