◎「蜘蛛の巣が髪にかかった感触」(613)
前日に稲荷に近寄ってしまったのだが、その場を離れる時、頭の右側の髪の毛に「まるで蜘蛛の巣がかかったような感触」がして、思わず振り払った。
だが、やはり何もない。
思わず、「うっかり拾ったか」と呟いた。これは昨日の記事に記した通り。
翌日の今日、家人と共に、紅葉の進み具合を確かめに遠出したのだが、やはりまだ早い。
そこで、蕎麦屋に寄り、蕎麦を食べて帰ることにした。
蕎麦屋は感染対策で、各席にアクリル板を挟んでいる。
席に座った瞬間、「これはガラスの前に似た環境だ」と嫌な予感がしたのだが、写真を撮りすぐに開くと、案の定、アレが出ていた。
ここは視覚的には「気のせい」と「幽霊」の境目くらいだ。
他の人は「これが幽霊かどうか」などとは考える必要はない。他人の問題は自分には関わりないのだから、私のことはどうでもよい。関りが無いのなら、「存在しない」のと同じことだ。
だが、もちろん、私は違う。当事者だし、現に一日前に体を触られてもいる。
「これが昨日、ついて来たやつ」であることを前提として、早目の対策を打つに越したことはない。
お寺で拾ったなら、お寺ではダメだから、神社の方がよさそう。
早速、すぐ近くに神社があったので、そこに参拝することにした。
山道を上がって行くと、割と大きいらしい神社の階段が見える。
だが、そこまでだった。
「なんてこった。ここは稲荷神社じゃないか」
私が最も苦手とする相手だ。前日の不首尾の原因でもある。
すぐにUターンして、帰路の途中でいつもの神社に参拝することにした。
この辺は、家人には一切説明していない。
起きていることが不条理なので、説明しても分からないし、余計な怖れを抱かせるだけ。
再び繰り返すが、こういうのは当人以外はまったく関係がない。
説明もしないし、論評も不要だ。
他人事の立場の者から話を聞いているほど暇ではない。
途中では、怒りが湧き上がって来た。
画像では、どう見ても下級の相手だからで、せいぜい十両・幕下だ。
だが、どこかの隣国人みたいに、さしたる理由なくぐだぐだと絡んで来ることがある。
悪戯に邪魔を仕掛けるだけ。
ああ、くだらない。
本物の極道がリーズナブルな発想をするのに対し、チンピラは後先など考えない。
ただ目の前の損得や面子だけを気にする。
幽霊も隣国人も大差はない。
まずは丁寧に諭すが、聞き分けがないなら、叩き潰すしか方法はなし。
「ご供養はするが、私は助けてやれない。今の境遇は自分が招いたものだから、自分で解決するしか道はない。こちらに関わろうとすれば撃退するから、近くに寄り付くな」
要は、「自分の分限を守り、相手の領域を冒すな」ということだ。
これは不浄の霊だけでなく、あの国の者たちにもきちんと伝えるべきだと思う。
そしてその通りにすべきだ。
分からせぬと、いつまでも寄り付いて、嫌がらせをする。
神殿の前では、特に目立った影はなし。
「蜘蛛の巣」のような触手を伸ばした者に関わるようなものは見えなかった。
帰宅してからは、自身の言葉の通りにお焼香をして、ひとまずは慰めている。
もちろん、今の闇を作ったのは、幽霊たち自身だから、自ら解決してゆくしか道はない。
自分の心をよくよく見詰め直すことだ。
ウェブやSNSで公開できるのはこの辺まで。
現実を認識するのは重要なことだが、この先は余計な波及効果の方が大きくなる。
いずれにせよ、問題は私だけに起きているので、悪縁たちと同様に自分自身で解決する他はなし。
10/26追記)「見えないからいない」「見えるからいる」と判断するのは見当違いだ。
そもそも目に見えぬ領域にいるので、たとえ目に見えぬとも、充分に警戒する必要がある。こういうことの判断は、専らそれまでの経験による。けして能力などというものではない。 (そもそも、あの世に関わる「能力」など存在しない。推測、想像と妄想だけ。)
早速、嫌がらせが始まっており、なかなかしんどい状況だ。お金が消えたり、知人友人はおろか、家族と仲が悪くなったりする。
万事に渡って物事がうまく回らぬのは、「邪魔をする者がいる」ということ。