日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎病棟日誌 悲喜交々 12/19 「お前のことだよ」

病棟日誌 悲喜交々 12/19 「お前のことだよ」
 火曜は最初に皮膚科から。形成に行ったり皮膚科に行ったり、眼科に行ったり、さらに時々、循環器があるから、週に四日は病院にいる勘定だ。
 ま、皮膚科は毎日行っても良い。何せ医師が美人だ。
 診察中に50㌢の間合いで見たが、顔立ちは「カワイイ」の部類。三十台半ばだろうが、肌が真っ白ですべすべだ。
 肌がきれいだから、「すごい美人」に見える。してみると顔かたちの造作はあんまり関係なく、美人は最初から美人だ。
 「背中とかきれいだろうな」と妄想した。

 思わずその美人医師に愚痴をこぼした。
 「足は普通の人なら一週間で治る傷で、子どもなら三日です。だが我々は二年かかるし、下手すれば足を切断することになってしまうのです」
 当方は慎重な方だから、とっくの昔に革靴を捨て、スニーカーも捨て、サンダルにしているが、それでも豆が出来たり靴擦れが出来たりする。こういうのが一日で崩れ、腐り始めるから恐ろしい。

 帰り際に、更衣室で着替えをしていると、五十台の患者が入って来た。この人は半年くらい前に来たばかりだが、最初から四時間半か五時間の透析だ。代謝効率が悪いということなので、普通より進行が早い筈だ。
 その患者が当方の足の包帯を見て、「どうしたんですか?」と訊いて来た。
 「腎不全患者の宿命ですよ。動脈硬化が普通の人の四倍のスピードで進むのです」
 「そう言えば、Nさんも今足の治療で入院してますね」
 「同じ症状です。小さい傷が命取りで、三日のうちに脚を切断することになってしまいます」
 「へええ。そうなんですか」
 この患者は、まるで他人事のように聞いている。
 この事態が分かっていないのだな。
 この成り行きは、他の患者のことではなく、お前にも起きることなんだよ。

 「もし、元々の持病で死なぬとしたら、腎不全患者は必ずこうなります。これに例外は無くて、Nさんも私もいずれ足が無くなる。それが今回かどうかは分からないけれど、必ず何時かはそうなります。ここにいる患者の宿命なのですが、まだましです。足を切られる以前に体がもたなくなる患者の方がはるかに多いですからね」
 先月も二人の患者が去ったわけだし。
 車椅子で来ていた「お茶屋のオヤジ」と、「どこか母に似た年配の女性」が来なくなった。後者のバーサンは、ひと月前に食堂で一瞬姿を見たような気がしたので、亡くなったのはその頃だ。
 幾日かの間、生前の生活習慣を繰り返す者もいる。

 自分の身の上に降り掛からぬと、現実感が無いらしく、五十台の患者はまだ理解していない模様。
 「この壁に『足のケアを十分に』と書いたのを貼ってあるのはそういうことですか」
 「要は、自覚症状が何もないうちから、足に傷がつかぬようにしておけよってことですね。これが起きるのはある日突然で、驚く間もなく足を切断することになりかねない」
 脅しでも何でもなく、現実に起きるリスクだ。で、これはこの病棟の患者なら必ず起きる。例外はない。

 ま、中高年なら、一般人でも心不全のリスクとか、癌のリスクとかはある。既往症、とりわけ腎不全患者との違いは「執行猶予期間」で、発病から発症、そして死に至るまでの時間が半年一年あるのに対し、我々は大体数か月。以上は「死ぬまで」の話だが、「靴擦れから足切断まで」なら、三日しかない。

 でも、どんなことにも人は慣れてしまう。
 ひと月に数人ずつ患者が入れ替わるが、殆ど何も感じなくなって来た。
 病棟で最も古いのは、ガラモンさんだが「同じ頃に入った知り合い患者で、生き残っているのは私だけ」らしい。