◎夢の話 第1149夜 体育館の外でアモンに会う
22日の午前3時に観た夢です。
「始め」という声が響き、我に返る。
「え」
俺は柔道場の中にいて、今声を掛けたのは審判だ。
向かいには道着を着た男がいて、俺の方ににじり寄る。
俺の方も道着を着ていた。
「おいおい。試合をしろってか」
俺はもうジジイだぞ。それもガタガタの障害者だわ。
肩は上がらねえわ、股関節はぐずぐずだわ。
案の定、くったくたに負けた。都合五六回は投げられた。
礼をして、畳を降りた。
体育館の外に出ると、道路沿いに屋台が何軒か出ていた。
「今日は柔道だけじゃなくスポーツの大会をやってたのか」
グラウンドの方では、サッカーの試合をやっていた。
俺は赤い幕を張った屋台のひとつに近づいた。
焼きそばの店だ。
親父さんが蕎麦を焼き、奥さんらしき小母さんが接客していた。
「おお。懐かしい。この焼きそば屋は子どもの頃に幾度も世話になった」
地元の金精さまの祭りの時や、盛岡の八幡さまの例大祭の時。それから国際プロレスが巡業で来た時にも、この焼きそば屋が店を出していた。
「俺はこの親父ほどの焼きそばの名手には、絶えて会わなかったな」
でっかい中華鍋に強い火力。最初にラードを炒め、豚肉、野菜、麺を投入して手早く炒める。
この親父は名人だった。
是非とも食べねば。
だが、俺は道着のままで財布を持っていなかった。
「体育館に戻って、着替えをしなくては」
だが、あそこで着替えた記憶がまったくない。俺は一体、どこから来たんだろ。
すると、何時の間にか俺の隣に男児が立っていた。
「ねえ。ここじゃあ、お金は必要ないんだよ」
男児は小学三年生くらい。
男児は焼きそば屋の店主に向かって声を掛けた。
「小父さん。この人に大盛をひとつ出してあげてよ」
親父さんがその子と俺を一瞥する。
「ああ分かったよ。そっちの子は随分久しぶりだね。前にも会ったことがある」
その子だと。俺はジジイのつもりだが。
男児が俺の代わりに親父さんに答えた。
「もう何十年も経ったよね。最後にこの子が食べてから」
確かに、もう五十年近く昔のことだわ。
「あれあれ。これは夢だわ。俺は夢の中にいるわけだ」
耳元で「ぎゅいんぎゅいん」とバネをはじいた時の音が響く。
ここで男児が俺に言う。
「今日は頑張ったじゃない。良い試合だったよ」
「くったくたに投げられたけど」
「でも、勝負を捨てなかったじゃないの」
まあそれはそうだ。
「相撲ならどうにかなったんだけどな」
俺は中学の時には五十五キロしかなかったが、相撲では重量級の試合に出て、百キロのヤツと五分の勝負をしていた。
男児が俺を見上げる。
「勝ち負けは重要じゃないんだよ。ここじゃあね」
男児の眼を見て、俺は気付いた。
「お前はアモンじゃないのか。久々に現れたか」
この子が現れるのも、十年ぶりくらいだ。前は夢の中でつるんで、よく遊んだ。
「黙って見てられなかったからね。体が重いのは何故か、君は分かってるの?」
とりわけ左肩だわ。日に三回も鎮痛剤を飲む。
「おかしいと思って、昨日は神社に行ったが、もやっとしか写らなかったんだよ」
すると男児は俺を諭すように言い放つ。
「君は最近、疎かにしているからね。日々の稽古と同じで、積み重ねが大切なんだよ。最近、あの世が遠くなったのは、関りが薄くなったからじゃない。死期が遠ざかったからじゃない。君が鈍くなったってことだよ。見ないようにしてるだけ。だからその隙を見られて肩に乗られる」
ここで左肩がずしっと重くなる。
「なるほどね。こいつは四十肩でも五十肩でもなかったわけだ」
「そいつは丁寧に接しても、こっちの言うことを聞くヤツじゃないよ。そういうのは叩き出さないとね」
「どこかの:国の奴らと同じってこと?」
「そう。話をしても仕方がない。理解出来ないんだよ。蹴り飛ばして遠ざけるしかない」
「なるほど。荒療治か」
「そういうこと」
ここで小母さんが焼きそばを俺に差し出してくれた。
俺はそれを受け取ったが、そこでしばし思案した。
こいつは果たして食っていいものなんだろうか。
俺がいるのが夢の中なら食っても大丈夫。夢は夢で、俺の記憶で出来ている。
「だが、俺があの世に迷い込んでいるとしたら・・・」
ここで男児が口を開く。俺の頭の中が読めるんだな。
「大丈夫だよ。この焼きそばの旨さが忘れられずに、時々作ってみてるだろ。もう一度食べると詳細なレシピの想像がつく。そもそも君はこの世とあの世を行ったり来たりしてるんだから、どこで何を食べようが掴まるわけがないだろ。そもそも最初からこっち側の者だしね」
それもそうだわ。
俺はここで割り箸を割り、焼きそばを食べてみた。昔食べたのと同じに旨い。
その俺の様子を男児がじっと見ている。
「ねえ。さっきの試合はなかなか良かったよ。勝負を投げ出してないし諦めてもいない。その姿勢を忘れちゃダメなんだよ。最近の君は自分を見失っているだろ」
痛いところを突くよな。目の前のことにかまけて、現実を見ぬようにして来たわ。
俺の場合の「現実」とは「あの世」のことで、世間とは真逆なんだが。
そもそも俺はこの男児の仲間だわ。
と考えると、即座に頭の中で「アモン」という名前が響く。
やはりコイツ以外にいないわ。
この時、男児は既に歩き出していたが、背中を向けたまま、俺に右手を挙げた。
いつも通りの仕草だ。
「やはりあいつはアモンだったか」
わざわざ我が友が登場するのは、それほど俺が我を忘れていたってことだ。
男児は人込みの中に入り、姿が見え隠れするようになった。
あと数秒で、男児は女性の姿に化ける。これはいつも同じだ。
そして、きゅっとしまったウエストと丸いお尻を俺に見せつけるように、アモンが化けた若い女は歩き去るのだった。
ここで覚醒。
目が醒めると、午前三時。
すぐにPCのところに行き、神社の画像を開いた。
なるほど。がっしりとしがみ付かれてら。
今はもうかたちを確かめるまでもなく、煙ひとつあれば総てが分かる。
癒し水を供え、自分の左肩をびしばしと叩いた。