日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎1200円の男

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1200円の男

 昨年の夏に、都心に出掛け会合に出たのだが、その時に左足の踵に血豆が出来た。

 それが数日で崩れ、腫れが足裏全体に広がり酷いことになったので、皮膚科で治療して貰った。足裏は筋肉組織まで損傷があったようで、神経が切れていた。

 その後は傷跡が元に戻らず、靴を履くと踵から出血する有り様になった。

 革靴はもちろん、スニーカーすら履けない。スニーカーの踵でも出血してしまう。

 長らくサンダルのままでいたが、サンダルでは出入りできる場所が限られる。

 

 ある時、スーパーの安売り品のコーナーに寄ると、布製の安価なズックが山積みになっていた。一足1200円だ。

 踵が柔らかいので、試しに履いてみると、踵に傷がつかない。

 以後は専らこの「1200円のズック」を履くようになった。

 これ以外の靴を履くと、踵が破れ、血だらけになる。

 「俺もついに1200円の男になったか」としみじみ思うが、でもま、死ぬよりましだ。

 足の傷から感染症を起こし、壊疽になるよりもずっとよい。

 

 日頃は「神経」の存在を意識することは無いわけが、実は人体ではこれがもの凄く働いている。

 隣人は顔の皮膚がんを切除したが、その際に医師が神経の一部を切ってしまった。

 すると、隣人の顔は右半分がだらりと下がり、外を出歩けなくなった。これが治ったのは半年後だ。

 顔を顔のかたちにしているのは、実は神経のおかげだった。

◎古貨幣迷宮事件簿 「桃猿駒 紅白揃」

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紅白の桃猿駒

◎古貨幣迷宮事件簿 「桃猿駒 紅白揃」

 新年あけましておめでとうございます。

 

 めでたい日にはめでたい品を、ということで、画像は紅白の絵銭になる。

 桃猿駒は、仙台領で生まれた絵銭の名品で、素朴な風貌でありながら独特の味を有している。

 この意匠(図案)がどうして生まれたか、どんな意味を持っているのかについては、検索すればすぐに調べられるので、ここでは省略する。

 

 仙台領の絵銭は、国境を越えて南部領に渡るのだが、1)製作が仙台銭とほとんど同じグループと、2)コンセプトを借りて新規に型を起こしたグループに分かれる。

 大野鉄山の鋳鉄職人は、多数が仙台領に出稼ぎに行き、その帰路に様々な土産を持ち帰った。寛永銭の背千類の母銭に加えて、絵銭も幾らか持参したようだ。

 左の白銅の桃猿駒は、仙台銭と左程変わらぬつくりだが、地元の先輩によると「二戸にまだ未知の銭座があり、そこで作られた」ものとのことだ。

 この銭座では、寛永銭も作られたようで、この品と同じ「純白の背盛母銭」が現に存在しているとのこと。

 二戸は盛岡領だから、その銭座は、仙台と盛岡の素材、技術を結集させた鋳銭を行っていたのかも知れぬ。いずれにせよ、二戸から鹿角にかけては、まだ知られていない密鋳銭座が幾つかあったようだ。

 残念だが、純白の背盛母銭については、一度もお目にかかることが出来なかった。

 「南部史談会誌」掲載の下点盛に関する記述の中に、「銀なのか鉄なのか分からぬ母銭」について記されているが、それに類する品だったかもしれぬ。

 掲示したタイプの白銅桃猿駒についても、二枚目には会えず仕舞いだった。

 

 さて、仙台直系とは別の流れに、北上から入って来た系統がある。こちらは、仙台銭を直接写したりはせずに、新たに彫り母を作り、コンセプトの同じ絵銭を作った。

 その時に、意匠が少し変わり、馬の尻尾の本数が増えている。

 このため、従前は「馬の尻尾の本数により、仙台銭と南部銭に分類出来る」と言われていた。(だが、実際には、前項の通り「直写し」の品もある。)

 この銭種は、主に浄法寺地方で作られており、ここで多様な銭種に分岐した。

 なお、浄法寺地方と言っても、山内座と関係があるのかどうかは分からない。ここは地元の見解を窺いたいものだ。

 面白いのは、製作手法が異なっていることで、浄法寺の桃猿駒にも白銅銭はあるが、ここに掲示した品とは製作がかなり異なる。

 今では合併により、浄法寺は二戸市に組み入れられたのだが、同じ二戸の中の銭座であったのに、まるで工程の違う銭が同居することになった。

 

 さて、赤色の銭の話が漏れたが、右の赤銭は、二十年前はもっと赤く、「いかにも南部製」の風貌をしていた。ところが、時間の経過と共に少しずつ茶色や黒味を帯びた箇所が増えて来た印象だ。

 出来立ての色が赤色で、徐々に古色を帯びると茶色に変化するという、十円玉と同じ変化を辿るのかもしれぬ。ひとまず、まだ赤っぽいので、紅白に見立てさせて貰った。

 以前は「これも南部銭」という見解だったが、今見ると仙台銭の可能性もあると思う。

 

 縁起の良い図案なので、コピーが多く作られ、ネットには安価なコピー品が出ていたりするが、本来の品は風格があり、当時の民衆の願いを偲ばせる。

 古い品とコピーは地金の相違が著しいので、見分けるのは簡単だが、コピーばかり見慣れていると、本物に気付かぬようになってしまう可能性がある。

 何事も「まずは本物を見るところから」ということだ。

 

◎夢の話 第1K8夜 雑踏

夢の話 第1K8夜 雑踏

 夢の多くは、過去の記憶と、それに付随する感情を整理整頓しようとする脳の活動だ。就眠中は前頭葉の多くが休んでいるが、思い入れのある記憶部分については活動を止めない。そこでそれを鎮めるために、さらなる記憶を呼び覚まし、かたちを変えて整える。

 自身が何に執着し、心を傾けているかは、夢の内容を解析すれば分かる。

 だが、「記憶とそれに伴う感情を整理する」ための夢ばかりではなく、ごくわずかだが、まったく脈絡のない内容のこともあるから、それを探るためにいつも夢の内容を観察している。

 これは三十一日の午前三時に観た夢だ。

 

 我に返ると、俺は街角に立っていた。

 駅の近くらしく、高架線が見える。鉄道に沿って雑多な店が並んでいるから、都心のS橋付近の景色に似ている。

 俺は人を待っていたらしい。

 すぐにその目当ての女がやって来た。

 身長が160㌢前後、年恰好は三十五六といったところだ。

 道に立って待っていた筈なのに、俺はこの女が誰か分からない。

 「この女は誰だっけな」

 頭がぼんやりしてよく考えられない。

 

 すると女の方が俺を促した。

 「じゃあ、行こうか」

 姉御口調だ。それもその筈で、今の俺はまだ三十に届いていない年恰好だ。

 女と一緒に歩き出す。一体どこに行こうというのか。

 女が「今日は大丈夫だからね」と言う。

 何が大丈夫なのか。

 女の顔を観るが、顔の中心がぼんやりしていてよく見えない。

 疲れ過ぎて、ものがよく見えなくなった時の感覚に似ている。

 だが、何となく「きれいな女性なんだな」と分かる。

 年齢よりも七八歳は若く見える。

 

 勝手が分からぬまま歩いていると、女が俺の左手に手を差し入れて来た。

 そのまま手を繋いで街を歩く。

 「随分久しぶりだよね」

 と言われても、俺はこの女が誰だか、まったく思い出せない。

 「前にこの女と結婚していたことがあったっけ?」

 何だか親密な関係だったような気もする。逆にそうでないような気もする。

 結婚、離婚した相手なら、もう少し覚えていそうだが・・・。

 

 女の方は当たり前のように俺を先導する。

 「ワインを買ってあるからね」

 ここで俺は少し思い出した。

 「今から女の実家のマンションに行くのだな。実家と言ってももう親はいない。ダンナの家とは別に、この女は自分のマンションを持っているのだ」

 えええ。俺って、コイツの愛人、というか間男なのか?

 

 もう一度顔を向けて女を見る。

 しかし、先ほどと同じで、顔の中心にもやもやと雲がかかったように、造作が分からない。

 おいおい。どうなっているんだよ。

 思わず目を擦る。

 がやがやと人の話し声が聞こえる。周囲の人たちが得手勝手に話しているのだ。

 この国では、公の場所では声を潜めるから、まるで外国にいるようだ。

 駅の改札が近づく。

 そこには雑多な人たちがたむろしていたが、その人たちにはいずれも顔が無かった。

 顔の無い人たちが声高に話しているのだが、誰かを相手に話しているのではなく、ただ自分の思いを叫んでいるだけ。

 わやわやという声が周囲に響く。

 

 ここで俺は気が付いた。

 「これは夢だな。この街は現実ではない。俺は夢の中にいるのだ」

 しかも、これは俺自身の夢ではないぞ。

 ここでぷっつりと覚醒。

 

 「女」は、昔、勤め人だった頃に同僚だった人だ。

 一度、「交際しろ」と匂わされたことがある。亭主持ちに堂々と言われると、さすがに退く。美人で聡明なら、余計に退く。

 夫婦とも優秀で、ダンナには肩書があるから、逆に不満が溜まっていたのかもしれん。

 当時は気付かなかったが、職場にそういう風潮があったそうで、職員の多くがパートの女性と付き合っていた。双方とも配偶者ありだ。それなりに陰でゴタゴタがあったとのこと。

 ちなみに、自慢話でも何でもなく、その時は即座に断った。火中の栗は拾わず。

 据え膳は黙って食う性格だが、後片付けの方が面倒臭い。

 

 何となく、「女」は死んだか、死にそうだという気がする。今はもういつ死んでもおかしくない齢だからもはやフツーの話だ。こういう直感はよく当たるのだが、死んでから私に関わるのは止めて欲しい。

 死にそうになると、何となく私を思い出す人がいるのは、私が常に「あの世に近い」存在だということ。夢の年恰好なら、そのほんの数か月後に私の心臓が止まる。

 

 夢はひとの知能が働かず、感情が中心になる世界だから、「あの世」によく似ている。実際、あの世に近いようで、幽霊が人の心に入り込むステップとして夢を利用することがある。心を揺らし、感情を波立たせて、その隙間から入り込む。

◎夢の話 第1K7夜 鰐と戦う

◎夢の話 第1K7夜 鰐と戦う

 ニ十九日の午前五時に観た夢です。

 

 ふと我に返ると、俺はどこか知らぬ水辺に佇んでいた。

 観光地のようで、周囲には数十人の水着を着た人がいる。

 周囲をぼけっと眺めていると、水際に高齢の女性が立っているのが目に入った。

 白髪で、どこか母に似ている。

 日頃、俺は白髪の女性に対し無意識に親切に対応する。佇まいが母を思い出させるからだ。

 

 老婦人の前の方に目を遣ると、微妙に水が動いていた。

 水底に何かがいて、岸に近づいているのだ。

 「まずい。鰐だ」

 すぐに飛び起きて、声を張り上げた。

 「下がって下がって。すぐ近くに鰐が寄って来ている!」

 老婦人が「え」とこっちを向いた瞬間、鰐が水面から躍り出て、婦人を丸のみにした。

 「おいおい。冗談じゃねえぞ」

 サイドテーブルにナイフがあったので、それを掴む。

 お祓い用の小刀だから、ちと心許ないが、今はしょうがない。

 

 俺は水辺に走り寄り、鰐に飛び付いた。

 水の中では鰐の方が有利で、そもそもそいつは七八㍍の巨大な体躯を持つ。

 絶望的な状況だが、俺は鰐の弱点が眼だと知っていたから、背中に馬乗りになると、片目ずつナイフを突き刺した。

 その後で鰐の顎を抱えるように押さえつけ、腹にナイフを突き立てた。

 喉元から胴体を縦一直線に切り裂く。

 「あの人が息を止めていられるのは数分だ。早く外に出してやらないと」

 でも、深くナイフを入れ過ぎると、老婦人を傷つけてしまう。

 ざくざくと鰐の腹を裂くが、なかなかはかどらない。

「俺はあの女性を助けられんかも」という思いが頭をよぎる。

 だが、頭の中にもう一つの声が響く。

 「今度は絶対に助けてやるからな」

 俺はぐりぐりとナイフに力を込める。

 ここで覚醒。

 

 解釈の難しい夢だ。

 オーソドックスには、最初に見る異性が自分自身の変化だから、「母に似た女性」が私自身になる。

 「鰐」は困難や脅威の象徴で、私にとっては病気や諸々の危機を指すのだろう。

 私自身が困難に負けまいと立ち向かおうとしている。これがひとつ目だ。

 この老婦人が私自身でない場合もあるが、その場合は愛情だ。困難はあるが、誰かを守ろうと考えている。これが二つ目。

 

 もう一つは占いによらぬ私なりの見解だ。

 実際に危機に瀕している人がいるが、その人は目の前の危機に気付いていない。私は事前に自分や他人に降りかかる異変に気付くことがあるので、「教えてやれ」と内なる声が言っている。

 ぎりぎりだが、今のうちに手を打てば助かるかもしれぬ。

 今では目視で「煙」が見えるようになって来ているので、おそらくそれが役に立つ。

◎古貨幣迷宮事件簿 「青錆を重曹で取る」

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青銅貨の青錆の除去

◎古貨幣迷宮事件簿 「青錆を重曹で取る」

 古貨幣の状態は、それまでの使われ方を反映したものだから、言わば「時代色」だ。

 それなら、なるべくそのままの状態にして置くと、色んな履歴が分かる。

 一方、古貨幣を美術品のように見なす人もいる。そういう人は未使用に近い状態を求め、「古いが美しい状態の品」を集める。

 鋳造貨幣では主に前者、プレス貨幣では後者の人が多いように思う。

 時々、製造された時代が古くとも「未使用に近い品」を好む人がいるが、時代色を持たぬ品は後作品と区別がつき難くなるので注意が必要だ。

 

 以上のような議論は、あくまで「コレクションとして」古貨幣を眺めた時の考え方だ。骨董品だろうが美術品だろうが、収集対象の重きをどこに置くかで見解が異なるだけ。

 それなら、そのいずれでもない場合は、それほど深く考える必要はないという考えも成り立つ。額に入れ、「古き良き時代を偲ぶ」目的なら、参考品でも事足りるし、状態にもさほどこだわらぬ。

 

 過去に記したと思うが、雑銭の会当時に、金融機関の金庫から出た貨幣を買い受けたことがある。銅貨については、概ねオマケとして貰ったものだが、大半が使用された痕跡の無いものだった。

 もちろん、「使われていない」=「未使用状態」になるわけではない。

 金庫の奥に仕舞われていた青銅貨には、年月を経るうちに青錆が浮いてしまう。

 金庫の奥は割と湿気が籠りやすいためで、金融機関の担当がオマケにくれたのには、そういう事情があった。

 

 しかし、中にはなかなか惜しい状態の品もある。

 掲示の品はそんな類の一つだ。

 面背とも打ち傷が見当たらぬのだが、一部打刻の窪みに青錆が浮いている。

 さすがにはっきりとこれが出ていると、ゲンナリしてしまう。

 ただ、一枚一枚をコレクションとして取り置くつもりは毛頭なく、「古銭額に入れてインテリアとして飾る」などの用途には十分使える。

 この青錆さえ無ければ、それで充分だ。

 

 青錆の除去には、炭素還元法などがあるが、還元すると色むらが出て、多く気色悪い色合いになる。

 全体の色合いの変化を避け、青錆だけを取る方法としては、重曹を使うのが最も簡単だ。

 このやり方は単純だ。

1)重曹をどろどろ状に溶かす。

2)綿棒を使って青錆に塗る(2分間)。

3)水で重曹を洗い流す。

 これでワンセットの処置だ。一度で落ちなければ、これを複数回繰り返す。 

 

 私は近代貨にはまったく興味が無く、これまで錆の除去など考えたこともなかったのだが、今回たまたま「錆の除去法」を目にした。家庭にある道具で簡単に落とせるようなので、実際にやってみることにした。

 掲示画像はその経過を辿ったものだ。

 一度ではあまり落ちぬが、四回目くらいには、目立たなくなるようだ。

 面白いのは、錆以外の表面には、ほとんど変化が無いことだ。

 通常、薬品を使用したりすると、全体がピカピカになったり、変色したりする。

 さらに繰り返すと、もっと錆が取れそうだが、何事もやり過ぎは禁物だ。

 額やガラスケースに入れて飾る用途なら、これくらいで十分だ。

 

 百年以上を経過した貨幣なら、それなりに古色が出て当たり前だ。

 人間に例えると、いくら顔や体を整形して若作りをしたとしても、やはり百歳は百歳だ。やり過ぎると、余計に気持ち悪い姿になる。

 古貨幣も人も年相応の年輪があった方が自然でよいと思う。(もちろん、私見だ。)

 

 なお、黒錆の方は、炭を用いた還元法しか手はないようだ。その場合、ピンポイントに処理することは難しいので、全体がピカピカになる。

◎私も寄り付かれていた  (一年前の振り返り)

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令和二年十一月二十三日撮影

私も寄り付かれていた  (一年前の振り返り)

 一年前の十一月に、掲示の画像を撮影した。

 参拝客の男性に「背後からしがみつく女」が、あまりにも鮮明なので、そこばかり見てしまう。

 ところが、この男性の隣の女性にも数々の異変が出ていた。

 私の周りにも不自然な影が見えていたのだが、はっきりしないため、これまで捨て置いた。

 しかし、こういう画像は時の経過と共に変化する。

 一定期間が経過した後に観察するのはそのためだが、当時は分からなかった、あるいは確信が持てなかった状況が見えて来る。

 

 まず真後ろだが、木々の影にはそぐわぬ黒い影が見えている。

 何かが変だとは思ったのだが、やはりあまり鮮明ではない。

 だが、今では「眼」が開いている。どうやら、この地に時折現れる「大きな女」が立っていたようだ。

 鮮明でないのは、複数が合体した者だからということ。

 カメラを持つ私の左手には白い煙が流れているのだが、どうやら女の手のよう。こちらは実体化する直前のものだ。

 (通常、幽霊が出現する時には、「最初に煙が出て、これが次第に濃くなり、人の姿またはその一部分に変わる」ステップを取る。)

 

 私の左側はごちゃごちゃとしており、判別が容易ではないのだが、ここにも複数が固まっていたようだ。

 「マスクの女」は割と判別可能だが、それだけに当初は「その場にいた参拝客が映り込んだ」と見なしていた。

 だが、そうなると私とほぼ同じ距離くらいにいる筈だ。周囲に人がいない状況で撮影したので、現実には存在していない。

 この周囲に「複数の視線がある」のは分かっていたが、いずれも断片的なものばかりになっている。

 光と影のバランスが崩れているから、そこに何かがいることが分かるのだが、かたちとしてははっきりしていない。

 

 この画像を初めて見た時に、真っ先に飛び込んで来たのは、私の手前にいる少女の姿だった。

 その少女の存在に気付き、画像を点検すると、すぐ右後ろに「寄り付き女」が鮮明に出ていた。

 (これはこの男性に関わる者なので、他の者にはまったく影響が無い。)

 最初に見えていたこの少女は、初めに薄れていく。今では存在感が薄くなり、他の者に浸食されているように見える。

 この少女は私に何かを訴えようとしていたのか、あるいは・・・。

 

 幽霊に「手を掛けられる」事態は、特別な異変が起きていることを指すわけではなく、日常的に誰の身にも起きている。

 多くは共感できるかどうかを確かめているだけだが、その相手が負の感情(怒りや悲しみ、恨み)を抱えていたりすると、それを助長する。ひとが我を忘れるほど激情に駆られることがあるのはそのためだ。こころが激しく共振すると、ひとの心は幽霊と合体してしまう。

 普段はおとなしい常識人が、時として凶悪な振る舞いに及んだりするのはそのためだ。

 そういう事態を避けるためには、常に「自身の気持ち・感情が果たして自分本来のものか」を観察する必要がある。

 

 仮にこのように寄り付かれていても、殆どの場合、特別な「お祓い」などは必要なく、こころを入れ替え、良心に基づいた振る舞いをすれば、幽霊(悪縁)は自ら去って行く。

 恐怖心はひとに冷静さを失わせるから、「そもそも怖ろしい者ではない」ことを肝に銘じる必要がある。

 誰もが死後に「感情だけの存在(幽霊)」のステップを経過するから、幽霊 は「怖ろしいバケモノ」ではなく「自身の将来の姿」と思った方がよいかもしれぬ。

 

 私自身のことで言えば、幽霊に寄り付かれるのには「もはや慣れた」と言える。

 少し幸いなのは、目視したり声を聞いたりすることで、断片的にせよそれを客観的に知ることが出来る点だ。

 

追記)幽霊に寄り付かれた時に生じる影響

 幽霊が寄り付くと、「人事に影響を及ぼす」ことはある。何気ないことを言っているつもりなのに、それを聞いた人がそれを悪意として受け取ることがある。まったく別の意味に解釈されることも多い。

 これは、その人と関わる者の「こころを歪める」から起きる。

 「電磁波や電気機器の異常」を引き起こすこともある。幽霊の存在に関わる物理的要因のひとつに電磁波があるためだろう。

 私は幾度か「カーナビの誤作動」を経験しているが、「機器の障害」で起こり得る性質の異常ではなかった。まったく別の方向を目指したり、同じ場所をぐるぐると回らされたりする。

 回線が繋がっていない受話器が「チリ」となることもあるが、何か別の要因があるのかもしれぬ。

 「物が動く」ことも無いわけではないが、それほど多くない。「本が落ちる」「瓶が倒れる」「ドアが開かなくなる」類のことだが、多くはひとが冷静さを欠いている時に起きる。

 映像で観る限りでは、心霊ビデオの大半が捏造だが、私は現実に体験しているから「ない」とは言えない。

◎古貨幣迷宮事件簿 文久永宝の密鋳写し

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密鋳の文久写し

◎古貨幣迷宮事件簿 文久永宝の密鋳写し

 以前にも掲示したと思うが、最初の画像の中央は、鉄銭の間から発見したものだ。

 鉄銭の間に銅銭が混じると、痛みが早くなりボロボロになりやすいのだが、これは割とまともな方だ。

 鉄錆が移ったものか、鋳砂が残ったものかは定かではないが、黒い砂状の粉がこびりついている。ま、概ね後者だろうが、あまり良くない砂を使っていたようだ。

 

 密鋳銭の場合は、面背よりも輪側を見た方が分かりよい。銭径の大小変化は様々だが、輪側については文久銭は一様に横鑢だ。これは大量に製造するために、専用の研磨器具を使用したためで、輪側線条痕に変化はほぼない。

 密鋳銭の場合は、大掛かりな銭座では、やはり専用器具を使うわけだが、各々の銭座によってやり方が違うから、その銭座特有の痕が残る。山内には山内の、葛巻には葛巻の流儀がある。

 これが、「村の鍛冶屋」的な小規模の鋳銭になると、仕上げがかなりいい加減になる。概ね「手掛け」で、銭の方ではなく鑢(粗砥)の方を動かすから研磨痕が揃わずランダムな縦斜めの筋が出来る。

 

 この品もそういった小規模密鋳銭のようで、恐らく主力は鉄銭だったのだろう。

 「とりあえず作ってみた」という程度かもしれぬ。

 枝からペンチのようなもので銭を折り取った痕が残っている。

 見すぼらしいが、歴史の証人となる。

 

 文久写しはほぼ銅銭だが、鉄は湯流れが良くないので、文久銭の厚さでは、鋳不足が生じがちだったからだと思われる。鉄が潤沢にあれば、二枚重ねで厚めの母銭を使えばよいのだが、そんなことをせずとも明和の改造母を使えば用が足りてしまう。