◎病棟日誌 悲喜交々 8/1
夏場は割と安定しているのに、このところ患者の顔触れがどんどん変わる。今年はどうやら「旅立ちの年」らしい。
車椅子で来る白髪のお婆さんがいるが、母と同じくらいの年格好、背格好だ。声掛けをすると、ニコニコと返事が返って来るので、「この人はまだ大丈夫」だと思う。
何となく顔を見ただけで判断がつくようになり、「生気」のあるなしが分かるようになった。ま、声掛けをした時にきちんと対応できるうちは、まだ死なない。
一杯一杯になると、もはや「こんにちは。お加減はどうですか」「毎日暑いから気を付けてくださいね」と伝えても、こっちに顔を向けもしなくなる。聞こえないのだ。
ま、そうなると、ひと月も経たぬうちに姿を消す。
最近、医師の処方が変わり、血管拡張剤の注射を増やされたが、その途端に左目から毎日出血するようになったので、「血管拡張剤は使用停止にします」と伝えた。
ここは命に関わるところだから、「意見を聞く」のでも「依頼する」のでもなく、「と通告する」口調だ。その日から始めるのが必要な喫緊な事態だから当たり前だ。
すると、医師は「沽券に係わる」のか、凄く抵抗する。
「この薬剤よりも、こっちの方が効き目が強い筈だ」
「どれが影響しているかは分からない筈だ」
この「筈だ」ってのが、まさに「文字テキスト」の知識に過ぎず、応用面では役に立たない。
キレかけるところだが、三十代女医に理を解いたところで分かるわけがないから、順を追って説明した。
「このひと月で変更したのは、この注射だけで、その後、出血が始まった」
「他の薬剤との組み合わせについては二週間前からテストしてある」
当方は裏を取ってから、はっきり結論を言う性格だ。
こんな若手の実験材料にされたら身が持たない。既に半死人で、小さい変化でも生死にかかわる。
これに言い返して来るようなら、「お前なんか俺の担当から外れろ」と言ってしまうところだが、そこで終わったのでキレずに済んだ。
危うく「おめー。この副作用を自分で確かめたのか?」と言ってしまうところだった(W)。
だが、「眼科の医師に説明して貰ったください」だと。
実際に出血しているから、「取り合えず、調合を止めて、これが要因かどうかを確かめろ」と言うのであって、これが科学的判断という奴だ。
先日、両足親指の腫瘍を切除して貰ったのだが、その後の経過は良好だ。看護師が見て、「随分きれいになりましたね」。
「こんなことなら半年も苦しまずに済んだ。早く切って貰えばよかった」
で閃く。
「だけど、若かりし頃の思い出と同じで、血種はなかなか切れないんだよな」
思い出の方も苦くて痛いが、何となく捨てられない。
「ああ、あの頃の彼女は一体どうしていることやら」
ま、今はバーサンだよな。
昨年、十二キロも痩せたせいか、昔のズボンやら下着やらがぶかぶかになった。Gパンを脱ぐ時に、パンツまでずり落ちるので半ケツが丸出しになる。
ここで、二十台の時に付き合っていた女子のことを思い出した。
その子はお尻が小さかったので、Gパンを脱ぐ時にツルンとパンツが下がり、その都度お尻が半分出た。
ま、二十台だし、どうせ脱がすのだが、それが何とも子どものようで可愛い。
「でも、ジジイの半ケツはカワイイどころか、この世で最も醜い代物だな」
世間的には、まだオヤジジイの齢だが、当方は既に「死にかけの患者」なので、充分にジジイだ。
もちろん、不良老人で、口実をくれれば、金属バットで殴りに行く。早く煽り運転が来て欲しい。手加減せず、脳味噌が吹き飛ぶ勢いで殴る。
ところで、テレビである人の姿を見たら、その人の後ろに四人(体)が連なっているのが見えた。
あえてここに記すほどだから、あまり良い幽霊ではない。
それを目にした瞬間、少なからず驚いた。
テレビ画面でもこういうことが起きるのか。だが、よく考えると、カメラで撮影しているか、ガラスのレンズを通している。カメラは、可視波長域を超えて光を捕捉するから、あり得る話だった。
あの人は大丈夫か。有名人だが、悪いのに取り憑かれているぞ。
今ではガラス映像の助けが要らず、自分の周りに居る者のことは、自然に認識出来るようになった。
神社やお寺に足を運ばずともよくなり、ある意味便利になったが、時々、「ぶつぶつ」と話し掛けざるを得ないので、傍から見れば一層、「変人」「イカれたヤツ」に近づいたと思う。たまに見かける「イカれたオヤジ」の中には、当方のような者もいたわけだ。