日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第1103夜 学校の怪談

◎夢の話 第1103夜 学校の怪談

 二十五日の午前三時に観た夢です。

 

 我に返ると、「事務室」と書かれた扉の前に立っていた。

 自分が置かれた状況をゆっくりと思い出す。

 ここは小学校で、俺はこの学校にある資料を見せて貰いに来たのだった。

 

 この小学校の校庭の隅には、高さ一㍍半の大岩があるが、ここは史跡のひとつだ。

 三百年前に合戦があり、ある武将が敵方の侍四十人の首をこの岩の前で刎ねた。

 その後百年が経った頃に、異変が起き始め、周囲の者に障りが降り掛かるようになったから、この地ではこの岩を祀り、毎年慰霊の催しを開くようになっていた。

 俺はその祭事について調べるために、この小学校にある資料を閲覧させて貰いに来たのだった。

 

 校門から校舎に向かう途中で道を逸れ、大岩を見に行ったが、岩の下に注連縄が落ちていた。何年か手入れがされなかったので朽ちて落ちたのだ。

 この三年の感染症禍で、地域の祭事が取りやめになったが、この地の慰霊祭もその時に行われなくなった。そして今も再開されずにいる。

 

 事務員に「昨日お電話した者ですが」と伝える。

 事務員は「お問い合わせの資料は図書室ではなく倉庫に仕舞っています。階段を三階まで上がると、すぐ正面が倉庫になっていますので、そちらにどうぞ。鍵は開けてあります」と答えた。

 古ぼけた階段を上り、三階に向かう。

 確かに、階段を上がったすぐ正面にドアがあった。

 その扉を開けて中に入ると、中はかなり広く、三十畳はありそうだった。元は何かの教室として使っていたらしい。床には雑然と段ボール箱が置かれている。

 資料はスチールの資料庫に入っているとのことなので、それを探したが、部屋の中には見当たらない。

 奥に行ってみると、もう一つ扉があり、その覗き窓から資料庫が覗いていた。

 「奥の部屋なんだな」

 そっちの部屋に足を踏み入れる。

 すると、その中には、銀色の花輪とかの葬式で使う備品が入れ込んであった。

 小学校にはそぐわぬものだが、これも感染症の影響だ。

 少なくない死者が出て、感染防止のために、仏を隔離する必要があったが、その場所がない。

 このため、遺体の一時収容施設として小学校の体育館が使われたのだ。それほど火葬場が混雑していた。葬式は仮のものを合同葬というかたちで行ったから、こういう葬具が残っている。

 

 資料庫の方に歩み寄ろうとした時、幾つも重なった花輪の陰で物音がした。

 「何だろう」

 花輪を横にずらし、音のした方を覗いてみる。

 すると、花輪の向こう側には、手術台のような四角い台があり、その上に子どもが横になっていた。

 背中を向けているので、様子が分からぬが、たぶん、男の子だ。

 とりあえず、声を掛けてみる。

 「坊や。ここで何をしてるの?」

 この声に男児が顔を向けた。

 俺は思わず「わ」と声を上げた。

 こちらを向いた男児の二つの眼の間隔がやたら離れており、まるで牛のような顔をしていたからだ。

 その人の姿をした牛は、じっと俺のことを見ている。

 俺は思わず後ずさりして、この部屋を出て、一目散に一階に降りた。

 

 事務室でたった今目にしたことを伝えると、事務員が訳知り顔に頷いた。

 「それは赤沢君ですね。障害がある子なんです。見た目もそうですが、発達障害があり、自分勝手に校内をうろつきます」

 「この小学校の生徒なんですか?」

 「そうです。外見はあれですが、けして悪い子ではないですよ」

 それなら、俺が驚いて逃げたことで、赤沢君を傷つけたかもしれん。

 「そうでしたか。騒ぎ立ててすみません」

 赤沢君にも謝る必要がありそうだ。

 「ではもう一度行きます」

 「お帰りになる時には、またこちらに一声かけてくださいね」

 

 俺はもう一度三階の倉庫に戻った。

 奥の部屋に行くと、あの手術台の上に、六年生くらいの女児と赤沢君が並んで座っていた。

 この時、俺は初めて赤沢君が小学二年生くらいだと気が付いた。

 「ごめんね。大きな声を出して。私は人がいるとは思わなかったんだよ」

 すると、女児の方が俺に答える。

 「いいんですよ。この子は勝手に色んなところに入り込むから」

 女児の胸の名札には、吉沢安奈と記してあった。

 俺はそれ以上何も訊かなかったが、この女児が自ら話を始める。

 「この赤沢君は運命を背負って生まれて来たのです。見た目が人であり牛でもあるのですが、こういう『ひとうし』はこの国に大きな災禍が訪れようとしている時に、それを報せるために生まれて来ると言われています。いよいよ災禍が始まる時に、ひとうしは世人を救うための宣託をもたらすと言われているのです。このため、この地ではこの子を大切にしているのです」

 この女児は小学生なのに、まるで大人のような口調で話した。

 俺もうっすらと記憶に留めていた。

 「ひとうし」が最後に現れたのは、あの津波が来る三年前のことだ。

 ネットで噂になったが、生まれてすぐに死んでしまったと言う。

 生きていても三歳なら、宣託を与えることは難しかったかもしれぬが、ことによると多くの人の命を救えたかもしれん。

 その前が戦争前の話で、確か昭和十年頃に「牛の頭をした異形の者が生まれた」という記録が残っている。

 

 「ならこの子は今回の感染症の蔓延を報せるために?」

 俺のこの問いに、女児が首を振った。

 「いいえ。まだ始まっていません」

 ええ?まだ本番はこれからなのか。

 「なら、我々はこの子を守り、その時を待つということだね」

 「そうです」

 

 俺はなんだか資料探しをする気持ちが無くなり、ここで訪問を切り上げることにした。

 「じゃあ、私はこれで帰るから。君たちも元気でね」

 「はい。私も下に降りますから、事務室には私がお客さんがお帰りになったと伝えておきます」

 「そう。有難うね」

 俺は階段を降り、そのまま玄関に向かい、学校を後にした。

 

 その日の夜八時頃になり、あの事務員から電話が来た。

 「お帰りになる時には、必ず事務室にひと声掛けてくださいと申し上げましたのに」

 「え。六年生の吉沢さんという子に言伝をお願いしたのですが」

 「吉沢さん?」

 そのまま事務員はしばし沈黙した。

 「もしかして吉沢安奈ちゃんですか」

 「そうです」

 「それならその吉沢さんは、昨年、感染症で亡くなっています」

 「え」

 声が出ない。俺があの子と話したことには微塵の疑いも無いのに。

 

 事務員がさらに話を続ける

 「それはともかくとして、今回お電話したのは別の件です。赤沢君について何かご存じではありませんか。あなたがお帰りになった後、ふっつりと姿を消したのです」

 俺の周りの視界が回り始めた。酷い眩暈だ。

 何だかこれからとてつもなく酷いことが起きそうな気がする。

 ここで覚醒。

 

 気が付いたら「我知らず異界に入り込んでいた」という話だった。