◎夢の話 第1111夜 列車行
二十四日の午前八時に観た夢です。
我に返ると、俺はエレベーターに乗っていた。
古い高層ビルのエレベーターだ。
「ありゃ、ここは」
俺が時々夢に観る建物じゃないか。
「してみると、俺は夢を観ているのだな」
この大きなビルはT沢のS武を二倍くらいに大きくした建物だ。
たぶん、前回T沢駅を降りた時に眺めたので、これが記憶に残っている。
夢の中で、かつ建物の中にいるとなると、これは俺の「体の象徴」だ。
「なるほど。かなり古びているし、あちこちガタが来ている」
で、俺は一体どこに向かおうとしているのだろう。降りているのか上がるのか。
なんか知らんがドアが開いたので、そこで外に出た。
「ま、出られるだけましだ。前回は途中で止まって、穴の中を梯子で降りたものな」
駅ビルだったようで、外は駅の前になっていた。
何だか見たことのある景色だ。かつてのI袋とかU野だわ。
最初に上京した頃のU野駅の「いかにもターミナル駅風」の田舎臭い感じや。ひと頃のI袋駅周辺の垢ぬけぬ発展途上街の感じがよく出ている。
「俺が降りるのはここじゃない。家族の許に帰ろう」
踵を返し、駅の構内に戻った。
次に気が付くと、俺は急行列車に乗っていた。指定席だから特急かもしれん。
何気なく窓の外を見ると、どうやらこの列車は「オオツキ方面」に向かうらしい。
「おいおい。どう考えても俺の家の方角じゃないな」
ま、何か理由があるからそっちに向かうんだろ。
それに「列車」「旅」は、「人生時間」の象徴だ。いいつも終着駅には行き着けぬが、終点から先はあの世だから、そこにはあまり早く到着してくれぬ方が望ましい。遠回りで結構。
死後の世界を想像出来てはいても、実際に足を踏み出すのには躊躇する。
程なく隣の席に客が座った。
その客は二十四五歳の女性で、北欧風のセーターを着ていた。
「ああこの人は山家育ちだな」
同じ空気感は何となく分かる。
「良い意味でブチャイクだな。こういう感じは好きだな」
ここで、頭の中で「そういうのは『素朴だ』って言うんだぞ。お前は辛らつだから他人に煙たがられる」と言う声がする。
そこで「俺は他人とはなるべく関りを持ちたくないから意図的にこうしているんだよ」と頭の中で答えた。
偏屈で人間嫌いなんだよ。
その女性が「こんにちは」と挨拶をしてくれた。
こちらも「こんにちは」と会釈を返した。
女性が一二秒ほど俺を見ていたが、唐突に言った。
「悩み事がありますね」
ぶしつけだが、気にはならない。
「困ったことに齢を取るごとに悩みが増えるんですよ」
また数秒。
「じゃあ、お手々を出して」と言って女性が自分の手を差し出した。
「え、こんなオヤジジイですよ」
若い者には気持ちが悪いだろうに。(引け目で言うのではなく率直な感想だ。俺の方は若者のことが気持ち悪いから触りたくない。)
だがこの子は別だな。自然に手が出る。
手を握ると、この娘は「大丈夫だからね」と、お姉ちゃん口調で言った。
「ありゃ、君は」
背格好や年齢は違うが、あの子じゃないのか。
背格好年格好については、あの世の者は自由に変えられる。「こうありたい自分」でいるわけだ。
あの世は「観たいものが観たいように見える」世界だし、自分の思い描いたものが現実になる世界だ。
現実世界では、俺は既にオヤジジイだが、夢の中では三十二歳のままだ。
もう一つ先に進んで、霊的な姿はどうなるんだろ。
この子には、俺はどう見えているのだろう。
女性の手がぴくりと動いた。今の心が通じたらしい。
すると、俺は今の自分の姿に気が付いた。
この夢の中の俺は、六歳の少年だった。長患いで、何年も病院にいる母に会うために、こうして電車やバスに乗った。
その時から、何ひとつ変わっていなかったのだった。
ここで覚醒。
手を触れた瞬間、「これは昨日、後ろに立っていた女の子だ」と悟った。
姿かたちは変えてあるが、かなり昔から傍にいてくれたような気がする。
総ては夢の世界のことで、私自身が創り出したイメージなのかもしれぬが、「心に寄り添ってくれる者を感じる」のは気が休まる。
あの世の者は、具体的に手を出して人事を助けたりはしないが、癒しを与えてくれるだけでよい。
人事は自分で解決するものだ。人生はそのためにある。
追記)頭の中で説教気味に意見したのは「父」だった。最近、よく父の声が聞こえる。