日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第1K38夜 死神の仲間になる

「黒い女」の仲間たち。あの世の住人は人間の可視域の境界線の近くにいる。

夢の話 第1K38夜 死神の仲間になる

 三十日の午前二時に観た夢です。

 

 我に返ると、どこか知らぬ高原の見晴らしのよい高台にいた。

 高所だから、遠くまで見渡せる。山々と樹々、その手前には何かの花畑が広がっている。

 俺はベンチに座りその景色を眺めていた。

 

 空は真っ青で、季節は春の終わりか初夏の頃らしい。

 所々に、入道雲の小さな塊が浮かんでいるだけだ。

 眩しい日差しを浴びながら、じっとそのまま座っていると、入道雲の塊が太陽の前を通り掛かった。

 陽光が遮られ、目の前の世界が明所と暗所に隔てられる。

 入道雲は割と早く移動するから、暗がりが西から東に移って行く。

 

 「あれ?」

 ここで俺は気が付いた。

 明所と暗所が交錯する時に、何か別のものが見えたような気がしたからだ。

 景色の手前に「目に見えぬ何か」が散らばっている。

 「陽光の変化と共に見えたり見えなかったりするのは、赤外線側の可視域の境界付近に何かがあるわけだな」

 すぐにスマホを取り出し、自分の前に拡がる景色を撮影した。

 「ああやっぱりな」

 ごく薄らとだが、直系三十㌢くらいの半透明の玉が沢山浮かんでいる。

 シャボン玉よりも薄く、輪郭がはっきりしない。周囲に放射状に延びているからだ。

 「煙玉だったか」

 しかも、これは半自然現象だ。日光がレンズのプリズムに移った時の「日輪」ではない。

 別の原因がある。

 

 肉眼でも察知できるとは、よほど可視域に近づいていると見える。

 この手のケースでごくまれにあるのは、「別の何かが近づいている」というものだ。

 雲の塊が太陽の前を通り過ぎ、再び目の前の世界が陽光に照らされる。

 俺は目を凝らして前を見た。

 「見える。肉眼では見えぬ筈の煙玉が薄らと見えている」

 俺の前には幾百の数の煙玉が浮かんでいた。

 しかも、俺を取り囲むように集まっている。

 「行く先々で煙玉に遭遇したが、こんな風に意思を感じさせるケースは多くないぞ」

 俺に何か用事があるわけだ。

 

 ここで目の前の煙玉がゆらゆらと蠢いた。

 すなわち、その後ろに何かが近づいているのだ。

 俺は両眼を細めて、その方向を凝視した。背後の景色ではなく、空気や光のゆらぎを見取る必要があるのだ。

 すると、煙玉をかき分けるように黒い人影が現れた。

 現れたのは全身が真っ黒の女のシルエットだった。

 「こいつは前にも見たことがあるな」

 それも一度や二度では無いぞ。

 

 人影が間近に迫り、煙玉もその人影も色濃く鮮明になって来た。

 ここで黒い女の人影の顔が現れる。

 これはこれまでも幾度か目にして来た、俺が「黒い女」と呼ぶ女の悪縁(霊)だった。

 黒い女は俺の正面に立つと、俺のことを見下ろした。

 女の視線が突き刺さる。

 怖ろしい表情だ。と言っても、ホラー映画に出て来るような怨念や憎悪といった人間的感情を伴うような怖ろしさとは違う。人間の心とはかけ離れた、まったく「異質な存在」であることが怖ろしいのだ。

 

 俺はその女に向かって声を掛けた。

 「昨日は俺の母親が俺のことを迎えに来た。母は俺を守ろうと俺の手を握り、俺が自分の許に来るのを待っていた。俺が穏やかにあの世に向かうことを望んでいるのだ」

 ここで、先ほどまで聞こえていた周囲の音、例えば鳥のさえずりとか人の話し声といった音がすっかり聞こえなくなった。俺の後ろには観光客が幾人も歩いていた筈だが、今はその気配すらない。

 この世界の中に存在しているのは、俺とその「黒い女」の二者だけだった。

 「だが、俺は母の申し出を断るつもりでいる。俺には今生よりも前に定められた務めがあるからな」

 俺の死後には、亡者を導くという務めが待っている。

 「もちろん、それだけでなく、死すべき者をあの世に導くという務めを兼ねるのだ」

 要するに、「死神になる」ということだ。

 「俺が母と共に逝かぬことを知り、今度はお前が来たわけだ」

 ま、コイツはもう幾年も前から、俺の周囲に現れて、俺のことを「仲間になれ」「同化しよう」と誘って来た。

 

 女は黙って俺のことをじっと見ている。

 「俺のあの世での務めはもう決まっている。亡者が溢れ出ぬようにあの世に留め置くことと、死のうとする者を無難にあの世に迎えること。そして、この世の一部の者に熾烈な罰を与えることの三つだ」

 最後のは祟りとも言う。悪人は悪意を持ち、自身の欲望を満たすことだけを考える。自身の持つ悪意にすら気付くことは無い。だが、己の為した因果には必ず報いが来る。それは教えてやるべきだ。

 「それなら、もう俺はいつ死んでもよい。お前の仲間にも喜んでなろう。場合によってはお前と同化しても構わない。死ぬのは明日でも構わないが、その時は一瞬で俺を連れて行け。脳出血でも心不全でもいいから、一瞬の死だ。今のようにチリチリと弱らせるのはやめてくれ。俺はもう四か月も横になっている。息も出来ず呻いているだけだ。それくらいのことは出来るだろ」

 ベッドに寝たきりになり、大小便も一人でできず、痰を吸引機で吸い取って貰う暮らしなどまっぴらだ。そんなことなら、今この瞬間に俺をあの世に迎え入れろ。

 その言葉を伝えると、「黒い女」の姿はさあっと煙玉の彼方に消えて行った。

 ここで覚醒。

 

 何年か前、初めて「お迎え(死神)」に会った時には、その迫力に圧倒され、怖れ慄いた。

 それがホラー映画に出るような怨霊とはまるで異質な存在だったからだ。

 眼の奥には、果てしない暗闇があるだけだった。

 人生の中で「もっとも恐怖を感じた瞬間」は、あの男たちを間近に見た時だ。

 「黒い女」の視線は、あのお迎え(死神)にそっくりだった。

 

 そしてこれをきちんと記して置く。

 この夢の中で、私は自分の死後の約束を口にし、その代償を求めた。

 すると、目覚めた後、この二か月の間苦しんで来た息苦しさがほとんど無くなっていた。

 このまま快方に向かうのかもしれぬし、夢はただの夢で終わるのかもしれぬ。

 だが、昔風の言い方をすれば、私が「魂を売った」のは疑いない。