◎闘病日誌 R070518「何も出来ない時」
◎闘病日誌 R070518「何も出来ない時」
長患いでしんどいのは精神状態のコントロールだ。
何かが出来るわけではなく、日がな寝たり起きたりの生活をしていると、次第に心が腐って来る。
何せ、横になって、テレビを観たり、スマホを観るだけの生活なので飽きて来る。内省したって、自分を責めるだけで、何も役に立たない。
病気との付き合いは既に四十台から始まっているのだが、ベッドでは手持無沙汰なので、仕方なく散文を書いた。
目的意識などなく、単純に「今をしのぐ」ためだ。
母などは三十歳くらいから、入退院を繰り返していたから、人生の多くを病院の中で過ごした。ベッドでの生活をしのぐために、母は絵を描いたり、短歌を詠んだりしていた。
当方が中学生の頃に母が家に戻って来たが、家でもやはり寝たり起きたりだった。母は心房の壁に穴が開いており、動脈・静脈血が混じったから安静にしているだけ。当時は外科治療の手段がなかった。
後年、「せっかくなんだから、その道の人に習ったら。上達するよ」と意見したが、母は「私には必要ない」と答えた。
創作自体が目的ではないし、いざ突き進もうとしても、体が許さない。やりたいのに、出来なくなったら、余計に苦しむ。
母は創作活動を人生のテーマにしているわけではなく、「生き続けるために」しているのだった。
あくまで、心を支えるための杖だった。
この影響か、母の作品はプロっぽい感じがまったくなく、あくまで素人作品の域だったが、それでも時々、ドキッとするものがあった。絵とかに、すごく良い線が出ているものがある。
叔母の理髪店に飾ってあるデッサンは、息子が「欲しい」と思う。譲って貰おうと思ったのだが、先に叔母に「この絵には何か心に響くものがあるから飾ってある」と言われてしまった。
私が五十歳の時に心筋梗塞になり、死なずには済んだが、後遺症で苦しんだ。不整脈・心房細動があり、平地を二十㍍歩くのもしんどい。
何かをしようと思っても出来ない状態だ。この頃はまだこの世に未練があったから、外向きには「治った」顔をしていた。
「世間体」的には、病気をしていると舐められる気がするわけだ。だがやはり2勤1休ペースが限界だったので、仕事にならない。何せず横になっていると、とかく気が沈んで来る。
そんな時に母が書いてよこしたのが次の句だ。
からころと 春一番で 目が覚める 恵子
俳句的には散文調で難があるのだが、情景が鮮明に見える。
春先の早朝、まだ薄暗い頃に強い風が吹くが、家の外でその強風に煽られて、空き缶が転がる音が響く。
ここまでが字面だ。
だが、私も同じような経験があるから、作者が病床にいて、夜の眠りが浅いと見て取れる。体調や不安でよく眠れない。
そんな中に缶が転がる音が聞こえる。
春一番が吹き、これから気候が良くなるわけだが、期待と不安が入り混じった複雑な感情を覚える。
母は十年以上、病床にあったから、切実な内容だ。
この時、私は母のメッセージを感じたので、すぐに返しを書いた。韻文など作ったことはないが、同じ土俵に乗るのが礼儀だろう。
南風に転がり去(い)ぬる缶の音
辱中にありてまんじりともせず 姫神山人
息子も病を得て、夜中に眠れず悶々とするようになった。
「俺もお袋と同じなんだよ」という返歌だ。
「南風」はこの場合春風のことなのだが、「春風」では希望の匂いがする。病状が良くなる希望の持てぬ状態だ。
この場合、他人がどう受け止めるかなどはどうでもよい。
「良い歌を作る」ためにやっているわけではない。そんなのは健康な者の発想だ。
心を支える手立てとして杖にしているだけ。
人生の折々に危機があったが、その都度、母はそれとなく自作の句や絵を送って寄越した。
韻文でなく、あいだみつおみたいな短文であることも多かった。
(ちなみに、私はこの人の作品が嫌いだ。イライラする。)
幸せは夢や希望のあることろにやってくると思う。 恵子
生きて行くためには、愛情や金は二の次で、「これからこうしたい」「これからよくなる」という思いが大切だ。
当たり前の話だが、日々の大半をベッドで過ごす者には切実な話だ。
「このまま衰え、死ぬのではないか」
夢も希望もなく、ただ家族に負担を強いるだけになるのではないか。
遠く離れているのに、母は息子の状況を的確に把握していたが、それも自分が通って来た道だからだろう。
今はまた危機が来ており、何も出来ない状態になった。
ここまでを記すのにも、5回休憩して、腰を休めねばならない。長く書くのは無理だ。
心を保つために、書き散らかして来たのに、それも出来ない状態だ。
仕方なく「取るに足らない些細なこと」「下らぬこと」を割と真剣にやるが、平静を保つのに骨が折れる。
死神に簡単に連れ去られぬためには、強い精神力が重要なのだが、正気を保つのが難しい。
今は小説を書いたり、短歌を詠んだりすることも出来ないのだった。