日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎闘病日誌R070521「フライング」

◎闘病日誌R070521「フライング」
 二か月以上、寝たきり同然だったので、頭が「落ち武者」になってしまった。
 髪を切りたいが、家人は「夕方なら新しいモールまで一緒に行ってあげる」と言う。
 だが、よく知らんところは嫌だな。
 いつもは隣の市の美人理容師のいるカット店に行くのだが、片道15分は掛かる。今は通院と最寄りスーパーまでの域帰りにはあ耐えられるようになったが、5、6分の範囲だ。
 PCには10分くらい座っていられるようになった。
 「15分かあ。途中で立ち往生したらどうしよう」
 ま、行ってみっか。

 行きは割と問題なく、軽い腰痛だけ。休憩なしで行けた。
 だが、理容店の前には五六人が並んでいた。
 年寄りのボサボサ頭ほど見苦しいものはないので、座って待つことにした。
 だが、すぐに後悔。
 椅子に座って十五分すると、耐えられぬ痛みが寄せて来た。
 「やはりまだダメか。今日はフライングだったらしい」
 ま、人生の折々で、私はいつもフライングをしてしくじる。

 たまたま美人理容師が当たったが、心中では痛みに煩悶しているので、世間話をする余裕がない。
 また、むさ苦しいジジイに話しかけられたら、先方が迷惑だろう。よって終始黙っていた。
 あれだこれだと、かれこれ四か月も苦しめられてきたので、鏡の中の私は、数段トシを取っていた。
 「親父に似ているが、親父が俺の齢だった時よりも、かなり先にいってるな。まるで七十台だわ」
 ま、病気をしていれば、外見はどんどん先に進む。
 昨日、病棟でAさんと会ったが、Aさんはすっかり痩せこけて、まるで八十台のよう。 

 Aさんはバイパスが何本入ってるんだろ。もはや人造人間だ。
 具合が悪そうなので、声を掛けた。
 「大丈夫ですか?」
 「いやあ血圧が下がって困ってます」
 「ご飯が食べられないと下がりますね。よく食べてないでしょ」
 「家に帰っても一人なので、食べる気にならないのです」
 「気持ちは分かります。私もお茶漬けくらいしか食べられず、このひと月で二キロくらい痩せました」
 そこで、お茶漬けにシラスを載せたりするなど、食べられないなりに栄養を摂る手立てを助言した。
 「いつも気に掛けてくれてありがとうございます。皆自分のことで精一杯だから、声を掛けてくれる人もいないんです」
 Aさんは自分が重篤な障害者なのに、親戚が皆上の世代(叔母叔父)なので、時々、介護に行く。
 この時、初めて、Aさんの生命力が落ちているのが見て取れた。
 人の周りには、透明なオーラのようなものが出ており、この色具合で生命力が分かる。どんな手術を受けても、Aさんには陰りが見えなかったのだが、この日初めて、暗い色になっていた。
 (ヤベーぞ、こりゃ。近づいている。)
 ま、私だって、家の中に「黒い女」が入り込んでいる状態だった。物理的異変も出ていたから、かなり深刻だ。
 Aさんお家の中もきっと同じだろう。
 家の窓を全部開けて空気を入れ替え、日光が差し込む状態にして、お祓いをすれば、少しく改善される。
 だが、人の寿命に永遠はない。幾らか死期を先送りに出来ても、必ず締め括りの日は来る。
 それを承知しているかいないかで、残りの日々の意味が変わる。

 脱線した。
 散髪を終え、車に乗って帰ろうとしたが、その時には腰がすっかり死んでいた。
 うめき声を漏らしつつ運転したが、休憩しようにも、コンビニすら見つからない。赤信号でドアの外に出て脚を伸ばそうにも、そういう時には、いつも前が青信号だ。
 度を超すと動けなくなるから、かなり焦った。
 自分の街に戻って来たところでコンビニに入ったが、感覚がなくなる寸前だった。
 実際に確かめてみて、「自分が治るのはまだ先のこと」だと分かった。当分は通院と最寄りスーパーまでの日々が続く。

 注記)一発殴り書きなので誤変換があります。チェックは腰が許してくれない。