日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎病棟日誌 R061031 「ある日突然降って来る」

病棟日誌 R061031 「ある日突然降って来る」
 朝、病院のロビーに座っていると、この日も同じ病棟の患者たちの話が聞こえた。
 さすがに大体は病状の話だ。
 「あの人も顔に腫物が出来たら、それが癌だったらしいよ。眼にかかっていなくて良かったと言ってたよ」
 高齢になると、癌の発生率が高まるが、顔にも皮膚癌が出来る。ま、顔は見えるから見付けやすいわけだが、位置が問題だ。
 眼の近くにあると、切除の際に神経に影響が出ることがある。
 割と深く切除するので、隣家の主人が切った時には、顔面神経を切ってしまい、顔の半分がだらっと下がっていた。
 それだけでなく、眼への転移も起きやすいそうだ。
 この場所で聞く噂話は、具体的に「あの人が」という情報がついているから、耳学問の情報源としては有効だ。メディアの流す怪しい話ではない。
 当方は家系的に見て、癌ではなく心臓病で死ぬと思っていたが、母は癌になりそれで死んだ。この上癌も警戒しろってか。
 ま、母が亡くなったのは八十を過ぎてからだから、それくらいの年齢になれば、半分は癌になる。半分以上だったかもしれん。
 そこまで生きるわけがないので、やはり癌を警戒するのは止めることにした。

 最近、隣の患者が治療がキツくなっているらしい。この病棟ではキャリアが長くなると、皆そうなる。
 この日も「胸が苦しい」と訴えていた。
 途中で胸に心電図が付けられたが、実際、ピコピコピコが尋常ではない速さで鳴っていた時間がある。あれでは苦しい筈だわ。痙攣に近い状態だ。
 循環器の病院には幾度も入院したことがあるが、あんな音は始めて聞いた。かなりヤバそうだわ。
 ま、当方も治療中に左腕と大腿が極端に痛むから、血管が悲鳴を上げているかもしれん。いつも肩や腰・大腿、足指が痛むが、それとは違う痛みだ。
 そろそろ針を刺す腕が右腕の方に移るかもしれん。それなら当方ももうベテラン患者の域だ。
 ま、同年入棟の患者で生き残っているのは、当方含め3人だ(/60人)。

 治療が終わり、食堂に行くと、アラ40女子のIさんが座っていた。
 「おお。随分久しぶりじゃないか」
 Iさんは、四年近く右隣のベッドにいた。左側にはガラモンさんだ。すぐ隣で寝起きしていたから、親戚みたいな感覚になっている。
 「病院から出られなかったんです」
 「何があったの?」
 「首にカテーテルを入れたら、そこから感染症になり、ずっと入院していました」
 「姿が見えないから心配していたよ。戻って来られて良かったね」
 Iさんは本当に可哀想だ。
 二十台の時に、市販薬の薬(たぶん風邪薬)を飲んだら、それが合わず、一発で腎不全になった。
 以来、十五年くらいの間、病棟で過ごして来た。
 「頸にカテーテルを入れた」というのは、左右の腕(の血管)が使えなくなったので、首の血管のシャントを造成する手術を受けたという意味だ。幾度も針を刺しているうちに、血管が固くなり、使えなくなる。腕が使えなくなれば首で、その血管もいずれ硬化して、先日亡くなったAさんみたいに血管の交換が必要になる。
 ま、そこまで行ける人は僅かで、その前に心臓や肺の疾患でこの世とオサラバだ。
 普通の暮らしをしていると、そんな境遇の人に出会うことは稀だ。だが、実際にはそこここにいる。
 コロナワクチンの例が分かりよいと思うが、殆どの人には悪影響がない。だが、一部の人にはこれが合わず、極端な場合は一二日中に亡くなってしまう。
 そもそもコロナ自体が選択的に攻撃するウイルスで、若年層には悪影響が少ないが、高齢層や病人には致命的なダメージを与えることがある。
 直近では、これはジャンル的には食品だが、紅麹の例がある。亡くなった人は十人単位だろうが、腎不全など後遺症を抱えることになった人がかなりいる。健康食品を口にしたことが原因で、その後一生、透析患者だ。周囲の患者を見ると、「生活習慣が原因で」とは考えられない状況の患者が多い。

 これは統計の取り方ひとつでがらっと変わるから、医療統計を鵜呑みにするな。「自己責任でそうなった」を匂わす背景には医療費を削減したいという思惑がある。

 この場合、「(悪影響が生じる)ことがある」というのが曲者だ。
 降ってくる人には破壊的な影響をもたらすのに、他の人は「何でもない」からまったく理解されない。
 酷い場合には、具合が悪いのを「怠けようとしている」とまで見る人がいる。ま、自分では何ともないからそうなってしまうのも分からないではない。
 アラ四十女子のIさんは、二十台の時に風邪薬を飲んで、その結果、週に三四日通院し、時々入院する人生を送っている。
 結婚して子どもを作るのはほぼ不可能だと思う。これは体力的にしんどいからで、心の問題ではない。

 「気を付けてねと言いたいが、俺たちはもう気を付けようがない。でも、せいぜい粘ることにしようね」
 そう言い残して、病院を出た。