日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第269夜 ノックの音が

火曜の夕食後、例によって居眠りをしました。
これはその時に観た夢です。

ノックの音がした。
玄関はオレの仕事部屋の真下なので、ドアの辺りで何か異常があればすぐに分かる。
パソコンの時刻表示を見ると、ちょうど夜中の2時だった。
「またかよ」
念のため、階下に降りる。
玄関のドアを開けて外を見るが、やはり誰もいない。
毎度のことだ。

「大体、来客ならチャイムを鳴らすよな」
夜中の2時に人の家を訪れるのに、わざわざ玄関口まで入って来て、ドアをノックする奴はいない。
予め電話をするか、外でチャイムを鳴らすだろう。
そうなると相手は2通りで、すなわち泥棒の類か、悪霊だ。

まず真っ先に想定されるのは空き巣だな。
オレの部屋の窓は、厚いカーテンで覆われている。
これは集中して原稿を書くためだが、そのカーテンのせいで灯りが外に漏れない。
外から見ると、真っ暗に見えている筈だ。
ところが、電気のメーターはくるくると動いている。
そこで、空き巣の方は「中に人がいるのではないか」と考える。
だが、特殊な金魚鉢を置いていると、四六時中、装置が動いているから、人が居ても居なくても電気を消耗する。
この場合、住人が不在かどうかを確かめるのは簡単だ。
トントンとドアを軽く叩いて、反応を見れば良いのだ。
ピンポンダッシュならぬ、トントンダッシュで、空き巣はこの家から離れた所から様子を見てるだろ。

次の候補は悪霊だ。
オレの家の玄関は東を向いている。
厳密には玄関自体は鬼門に当たっていないが、ちょうどオレの部屋の角の部分が鬼門になっている。
この方角には、鬼門除けのお札が貼ってあるから、これを避けて家に入って来ようとするなら、少し位置のずれた玄関からということになる。
ところが、玄関にも破魔札が貼ってある。
外から入ろうにも入れない。
普通はドアを叩き、中の者が扉を開いてくれると、悪霊や魔物が中に入ることが出来るのだが、お札のせいで足を踏み入れることが出来ないのだ。
オレがせっかく招き入れてくれるのに、中に入れないのだから、かなりのストレスが溜まるはずだ。

そう言えば、こんなこともあった。
1度ノックの音がしたので、オレが戸口に出て見たが、やはり誰もいない。
「何だよ」
そう呟いて、2階に上がろうとすると、もう一度ドアを叩く音がした。
2度目はまるで焦れたように、「ドンドン」とドアを殴りつけたのだ。
そうなると、やはり空き巣ではなく、悪霊の方かもしれない。

毎日のように続くと、深夜に響くノックの音には慣れてきた。
しかし、近所の手前もある。
毎夜2時に、ドンドンと隣家のドアが音を立てたら、さそ苛立つことだろう。
それで、オレは音の正体を確かめることにした。
相手がはっきりすれば、対処の仕方がはっきりするからだ。
そういう訳で、オレは鬼門除けと玄関の破魔札を取り去った。
これで、たぶん相手と会える。

相手が悪霊ではないかと思っているのに、こんなことをしたら、悪霊を招き入れることになってしまう。
しかし、オレはこの方面では、大体のことに慣れている。
悪霊を見ても驚かないし、影響も受けにくい性質なのだ。

お札を外してから数日の間は、別段何の異常も起きなかった。
四日目の夜になり、時計が2時を指すとようやく異変が起きた。
玄関でノックの音がしたのだ。
「おお、やはり来たか」
オレはついうっかりインタフォンを取り、「少し待っててください」と相手に告げた。
「先方はたぶん生きている人ではないのに、この対応は要らんよな」
オレは苦笑いを漏らしながら1階に降りた。

扉を開くと、外に妻が立っていた。
「なんだ。お前だったのか」
妻とは長い間、離れ離れになって暮らしている。
「ま、中に入れ」
オレは妻を家の中に招き入れた。
「随分遅くなってから来たもんだな」
妻が頷く。
「来るのに手間取ったからね。こんなに遅くなっちゃった。エヘヘ」
変わらないな。
ここで一応、念のために、玄関のノックについて訊いて置くことにした。
「お前さ。毎日夜中にこの家に来ては、玄関をベタベタと叩いていなかったか?」
妻の表情が変わる。
「何言ってんの。ダンナに会うのに、なんでそんな回りくどいことをしなけりゃならないの」
「いや。今は離れ離れだが、未練に耐え切れず、夜な夜なオレの所に来たのかと思ってさ」
「バカ」
「腹は減ってないのか?」
「ううん。減ってない」
「じゃあ、もう遅いから、すぐに布団を敷いて寝るか」
「うん」
それから、オレたち夫婦は普段は使うことの無い奥の和室に布団を2つ並べて敷いた。

朝になり、オレは5時半に起きて、朝食を作り始めた。
昔、一緒に暮らしていた時と一緒だ。
オレは原稿を書く仕事をしているから、ほとんど家にいる。
いきおい、家事の大半をオレが受け持ち、妻は庭の手入れの担当になっていたのだ。

朝食が出来上がった頃に、ピンポーンとチャイムが鳴った。
出て見ると、玄関に訪れていたのは長女だった。
嫁に行った長女が、父親の様子を見に家に戻って来たのだ。
「おお。良いところに来たな」
長女がオレの顔を見ている。
「お父さんが独りでどうしているかと思って見に来た」
オレは長女を家に迎え入れた。
居間に入って、2人でテーブルに着く。
「良かったな。昨日の夜に母さんも来たんだよ」
「え?」
長女の表情が一変した。
「母さんって。母さんは・・・」
「今はまだ寝てる。疲れたんだろ」
オレは奥の和室の方を顎で示した。

長女は椅子から立ち上がると、カバンから携帯電話を取り出した。
「ちょっと電話するね」
廊下の方に出て行く。
長女はオレに話を聞かれまいと思ったようだが、ドアが半開きだったのか、声が聞こえて来た。
「もしもし。あのね。やっぱりダメみたいだよ。もうすっかりボケたかも。今家に着いたところだけど、お父さんはお母さんがここに来てるって言うんだよ」
ああ、弟に連絡してるんだな。息子とは長いこと会っていない。
オレはゆっくり立ち上がった。
ドアの隙間から、続きの話が聞こえる。
「お母さんは5年も前に死んだのに、お父さんはすっかり分からなくなってるみたい」

(え?何を言ってるんだ。妻は奥で寝てるのに。)
オレは廊下に出て、長女の前に立った。
「父親を認知症扱いするんじゃない。お母さんは床の間で寝てるって言っただろ。自分で見てみな」
キツイ口調で長女に言い渡す。
父親の鋭い権幕に、長女は後ずさりして、玄関口の方に移動した。

すると、唐突に玄関でノックの音がした。
「はあい」
オレは返事をして、玄関の扉を開けた。
ドアの外に立っていたのは、オレの父母だった。
母が真っ先に口を開いた。
「お前がどうしてるかと思って来てみたんだよ」
「祖母ちゃんはお前の病気がどうなってるか心配で、毎日、行こう行こうと言うんだ」
そっか。なるほど。
夜中の2時にドアを叩いていたのは、病気の息子のことを心配した親たちだったのか。
「何度も来てくれてたのに、気づかずに申し訳ない。昔も今もダメな息子だな。じゃあ祖父ちゃん祖母ちゃん、早く中に入って。今日は女房もいるし、孫の1人も来てるんだから」
オレはここで振り向いて、長女に告げた。
「おい。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんも来てくれたぞ」

すると、長女は廊下に尻を落として座り込んでいた。
「ひゃあ」
長女は祖父母の姿を見て、腰を抜かしていたのだ。
それもその筈で、その爺婆は二人とも十年以上前に亡くなった人たちだった。

ここで覚醒。

星新一さんの作品風の展開でした。
この感じのオマージュ作品を1本書くことにしました。

夢の中では、親族の霊に訪問されるという筋でしたが、今の体調では訪問する側になってしまうかも。
まったく困ったもんです。