◎夢の話 第648夜 妖怪ヒトケナシ
17日の午睡中に観た夢です。
玄関の扉を開くと、家の前のベンチに「傘」が座っていた。
「わっ」
俺は思わず声を上げてしまった。
椅子に腰掛けていたのは、まさに和傘なのだが、下の方から一本の足が伸びていたのだ。
「お前は妖怪か。なぜ俺の家にいる」
すると、その傘が俺の方を見た。正確には顔は無いので「見た」は正確ではないのだが、何となく、そんな気がしたのだ。
「確かお前は、唐傘小僧って感じの名前のヤツではなかったか」
するとその傘が口を利いた。
「違うよ。おらはヒトケナシって言うんだよ」
「ヒトデナシ?」
「違うったら。ヒトケナシ」
「とにかく、唐傘小僧ではないわけだ」
「うん。それが証拠に」
傘の妖怪が立ち上がる。案外大きなヤツで、人の背丈に近い高さだった。
最初は一本脚で立っていたが、すぐにもう一本の脚が下りて来た。
「ほら。おらの脚は2本ある。唐傘小僧とは違うだろ」
本当だった。
唐傘小僧なら、足は一本で、かつ子どもの脚だ。
こいつのはスラリと伸びた大人の女の脚だった。
「随分きれいな脚だな。元はダンサーでもやっていたのか」
「ま、そんなとこ」
ここで俺は我に返った。
「そのヒトデナシが、何故俺の家の庭にいるんだ?」
傘がもう一度ベンチに座る。
「ヒトケナシだよ。お前に取り憑いてやろうと思ってさ。お前はおらのことが見えるから、ちょっとの間暇つぶしになりそうだ」
「そう言うヒトケナシさまは、一体どんな妖怪なんだよ。どんな悪さをする」
俺がそう尋ねると、傘妖怪が嬉しそうに答える。繰り返すが、顔は無いのだが、何となくしぐさがそんな感じなのだ。
「おらが取り憑くと、とにかく人を遠ざける。おらはそんな悪戯をする妖怪だ。友だちは寄り付かなくなるし、家族だって疎遠になる。会社はクビになるし、近所の者が声を掛けなくなる。そいつの周りから人気をすっかり無くしてしまうんだ。だからヒトケナシと言う」
それを聞き、俺は手を打って喜んだ。
「そいつはいい。よく俺のところに来てくれた。俺は人間嫌いだから、お前みたいなヤツが傍にいてくれると、よほど助かる」
傘妖怪は少し拍子抜けがしたらしい。
「何だよ。おらが取り憑こうというのに、手を叩いて喜んだのは、お前が初めてだ。何でそんなにお前は人間が嫌いなんだよ」
「俺には声が聞こえるからだよ。たとえばこうだ」
ここで俺は先日、実際に起きた出来事の話をした。
俺は大学生だが、気になっていた同級生の女子とようやく一緒に食事に行くことになった。美人だがきさくで、なかなかステキな女子だ。
テーブルにつき、メニューを見ていると、その女子の後ろから男の声が聞こえて来た。
「おい。お前はこの女をどう思っているか知らないが、コイツは見かけによらず淫乱な女だ。同級生の田島とも佐原ともデキている」
「マジかよ」
すると、女子が顔を上げて、「え。何?」と訊き返した。
この声は俺だけに聞こえる。俺は子どもの頃から、この手の声に悩まされているのだ。
自分が精神障害なのかと思うこともある。
だが、何とか踏みとどまっていられるのは、時々、本当のことを言うからだ。
嘘も結構あるのだが、人の心中の話は概ね真実だった。空想や妄想だけなのではなく、何かあの世の存在とも繋がっているらしい。
俺はその後、田島や佐原と会ってみた。とっくの昔に知っているんだぞという素振りで「かま」をかけてみると、両方とも「時々ヤッテいる」と白状した。
ま、白状しなくとも、今度はそいつらの後ろのヤツらが教えてくれるわけだが。
「とまあ、こんな調子なんだよ。人が絶対に覗いてみてはならないのは、携帯の着歴と心の中だ。中を調べて、良いことなどひとつもない。それでも、隠していれば知らずにいられるわけだが、俺の場合、半強制的に知らされる」
すると、傘妖怪が肩を落とした。肩は無いが、しょんぼりしたのだ。
「おらたちは、人を驚かせたり、怖がらせたりしてナンボの者だ。お前みたいに、喜ぶヤツじゃあ、やりがいがない」
傘妖怪は、ここで長い脚を交差させ、ベンチに深く座った。
考え事をしているのだ。
(コイツ。もしかして考えを変えて、俺に取り憑くのをやめようかと思っているんじゃないだろうな。)
ここで俺は傘妖怪を上から下までじろじろと眺め渡した。
妖怪の脚は太股から足先までスラリと伸びていて、染みひとつない見事な美脚だった。
「ヒトケナシ。お前は元は人間だったと言う。何でまた妖怪になどなったんだよ」
妖怪は返事をしなかったが、そいつの考えが俺の頭に直接的に流入して来た。
「なるほど。お前は野原で男に襲われたんだな。そこで犯され、理不尽に殺された。その時、まさに殺されようとする時に感じた寂寞感や孤立感が凝り固まって、今のお前になったのだ」
ここで妖怪がベンチから立ち上がった。
「おらはもう行くよ。お前とは上手く合わないようだからな。性格の不一致ってやつだ」
その素振りを見たら、俺は何だかコイツが可哀想になって来た。
「待て待て。俺たちは案外、うまくやれるかもしれんだろ。お前は人を遠ざけるのが仕事だし、俺は人から遠ざかりたい。お互いピッタリじゃないか」
傘妖怪は、太股の周りの埃を払っている。実になめまかしい脚のかたちだ。
隣にいれば、無意識のうちに触ってしまうかもしれんな。
そんな俺の頭の中を察したように、妖怪が呟く。
「傘の中がどうなっているか気になっているだろ。でも残念だけど、見ない方がいいよ。ここには頭が隠れているもの」
傘の中には、ちょうど股間の場所に死んだ女の頭がある。
そりゃ確かに、見るべきものではないようだ。
傘妖怪が俺に別れを告げる。最後の時だけは、丁寧な女言葉だった。
「あなたは悪い人じゃないけれど、何か違うのよね。大体、ほとんどサトリだもの。人間じゃない」
サトリは人の心を見透かす妖怪だ。
「つい先だっても、俺は女子に同じことを言われたよ。あんたはどこか違う。自分には合わないってさ」
そんな俺の溜め息を最後まで聞きもせず、傘の妖怪は家の敷地から大急ぎで走り出て行った。
ここで覚醒。