◎霧にむせぶ午後(620)
月曜の昼頃、家人に「湧き水を汲みに行く」と言い残し、家を出ようとした。すると家人が「私も行く」とついて来た。
そう言えば、今日は家人は仕事休みで、明日も休日だ。
湧き水を汲んだ後、N湖でお弁当を食べた。
しかし、生憎この日は昼から小雨が降っていたのだが、お弁当中に急に濃霧が出て来た。
既に晩秋だ。すぐに周囲が見えなくなった。
道を踏み外してはたまらんから、早々に引き返すことにした。
帰路には、いつもの神社に参拝した。
これで三日連続の参拝だ。
家人がトイレに行っている間に、ぼんやり考え事をした。
「もしかして俺は、コインのコソ泥を呪詛にかけてはいないだろうか。呪詛は自分い跳ね返るから不味いよな」
でも、他人が努力して選り出した成果を横取りする者を許したら駄目だ。
三代後には、子孫が耐えるようにすべきだ。
「だが、そいつが成就すると、俺自身にも跳ね返る」
少し逡巡する。
すると、背後から声が聞こえた。
「※※ちゃん。そんなのは簡単な話だろ」
私を「※※ちゃん」と呼ぶのは、親族か小学生時代の同級生くらいのものだ。
「それともう一人」
アモンだな。てっきりコイツは半島に行き、ある者をスパイ容疑にかける手配をしているのかと思った。
「※※ちゃん。品物をすり替えるのは窃盗だろ。警察に届ければいいんだよ」
おお、なるほど。
なぜこんな簡単なことに気付かなかったのか。
ホルダーごと取り換えているのだから、紛れもなく確信犯だ。しかも、かなり杜撰な手口だから、間違いなくビニール手袋をして行っていない。
「状況証拠だけでなく、れっきとした証拠が残っているな」
さすがアモンだ。理詰めで攻める。
「では、ひとまず弁護士と相談し、来月中に被害届を出す」
「返せ」「そんなのは知らぬ」の問答が目に見えるから、それをすっ飛ばして、最初から窃盗事件で届ければよい。
何十年も「先輩方に恥をかかせぬように被害を黙っていた」が、今はもう不要だ。
ひとまず入札誌の編集にも「被害届を出す」と伝えて置こう。いきなり警察が行けば、少しく驚くだろうから、心の準備をしといて貰おう。
今はスーパーでボールペンを万引きすると、すぐに警察を呼ばれる。窃盗はれっきとした犯罪だ。
アモンはもう一つのことを教えてくれた。
「死ねば仲間となり、生者と死者を繋ぐ者になるのだから、呪詛の『返し』などは考える必要が無いだろ」
それなら配慮すべきことが減る。
出掛けに、何となく視線を感じたので、その方向を撮影した。
すると、垣根の外に「女」がいて、神殿に向かって手を合わせていた。
「まだ境内に入って来られないのか」
強い思いを抱えているので、霊気の流れに入れぬのだ。
哀れなので、いずれ声を掛けて、中に引き入れてやることにした。
数年前、あの世に近づくには「十段階くらいのステップがある」と思っていたが、十番目はとっくの昔に通り過ぎた。
ちなみに、秩父の「男」はコソ泥のところにもう着いていると思う。私の膵臓が何ともなくなったのは、そういうことだ。
次第に自分が「説明のつかぬ怖ろしき者」に変わって行くのを感じる。
ま、そもそもがアモンの仲間だ。