◎夢の話 第924夜 死の使い
14日の午前二時に観た短い夢です。この時間に眠ってしまうと、必ずや悪夢になってしまうようだ。
俺は三十歳くらい。企業向けのコンサルタント業をしている。
急に知人が集まってパーティを開くことになり、会場だけを決め連絡を回し、その日のうちに集まることにした。
何か共通の吉事があったので、そのお祝いとこの後の連絡調整を行うための会合だ。
メンバーは二十数人だ。
夕方になり、会場に向かうと、そこは、ひと昔流行ったようなアーリーアメリカン調の建物だった。会場はそこの一階だが、食事も出来ればカウンターで酒も飲める造りになっている。フロアのスペースを空けられるから、こういう集まりには便利だ。
既に大半が集まっている。
会場を確保したのは、近藤という男だったが、そいつは振り返って俺を見ると、顎をしゃくった。
「司会はお前に頼むよ。お前はプロだからな」
「分かった」
いつ何時でも「人集まりを掌握し、議事を進める」方法を教えるのが俺の仕事だから、ネタ帳がありさえすれば、何でも出来る。
俺のネタ帳には、色んなケースでの対応の仕方やジョークまで詳細に書いてある。
マイクを取り、司会を始めた。
冒頭でジョークを飛ばし、場の関心を集めてから、スムーズに議事を進める。
話を取りまとめて、少し酒を入れる。
流れは順調だった。
ところが、中盤で俺が話をしている時に、何やらブツブツと声が聞こえた。
誰かが勝手に何かを話しているのだ。
(何だよ。邪魔しやがって。)
皆の集中力をそぐようなことはするなよな。
だが、皆の視線は俺の方を向いたままだ。
あの声が気にならんのか。
とりあえず、話にオチをつけ、あとはパーティに入る。
ひとまず俺の務めは七割がた終わりだった。
カウンターに面した椅子に座り、水割りをひと口だけ飲んだ。
ここで俺は気が付いた。
「まだ話している」
ブツブツという話し声は、そこでもまだ続いていた。
まるで、ラジオに混信する外国の放送みたいな声だった。
「イリチリヌ スリエルヲ ビニグリス・・・」
わけのわからない言葉が延々と続く。
「これって、確か暗号だよな」
ロシアだか北の当局が周辺国にいるスパイに向けて指示を出す。そんな性質のものだ。
どこの国の言語にもなっていない。
呪文のような言葉が延々と続くのだが、時々、俺にも分かる言葉が混じった。
「カクセイセヨ。アオガラス。ショウカンノヒハチカイ」
え。これは「覚醒せよ、青鴉。召還の日は近い」だよな。
だが、聞き取れるのも、ほんの一瞬だけで、あとは延々と訳の分からない文章が続く。
「でも、これって一体何処から聞こえて来るのだろう」
この参加者が話しているわけではなさそうだ。大体、まともな言葉になっていなしな。
周囲の者に「声が聞こえるか」と訊いてみたが、誰一人頷く者はいない。
うーん。何だろ。
だが、程なくして声の出所が分かった。
両耳を塞いでみたら、余計に声が大きくなったのだ。
「こりゃもしかして・・・」
答えはひとつだった。
「この声は俺の体の中から響いているじゃないか」
その途端に、俺は気分が悪くなった。
内臓全部が裏返ったような重苦しさだ。
全身から脂汗が出る。
カウンターで固まっている俺を、ここで近藤が見付けた。
「お前。こんなに早く飲み過ぎたのか。パーティはこれからだぞ。サエコ女史も来てることだし、しっかりした方が良いぞ」
「サエコ女史」は参加者随一の美女だった。
「いや。酒など飲んじゃいないが、急に気分が悪くなったんだよ。疲れているのかもしれん」
「それなら、少し外で涼んで来るといいよ。秋だし、外じゃあ、良い風が吹いている」
「そうだな」
ここで椅子から尻を上げ、フロアの方を向いた。
参加者はそれぞれの相手と楽しそうに話をしていた。
ここで俺は気付いた。
「何だか人数が多いな。二十幾人かだった筈なのに」
フロアにいるのは三十人を超えている。
「ありゃ、あいつは」
遠くの方に片山の姿が見える。
「片山は半年くらい前に、癌で死んだのではなかったか」
俺はその時、出張に出ており、葬式には行けなかったが。
よもや、あいつが死んだというのは、俺の勘違いだったのか。
ここでその片山が俺に眼を留め、右手を小さく上げた。
俺も手を上げて返したが、この辺で限界が来た。
ヨロヨロと店の外に出る。
どこかに腰を下ろそうと思ったが、周囲には座る場所がない。
遠くに眼を遣ると、四五十メートルほど離れたところに、小公園があった。
「あそこならベンチがあるだろうな」
あそこまで行き、少しベンチに横になろう。
そこで公園に向かって歩き始める。
道の端には下水道が流れていたが、その空気穴から何やら匂いが漏れている。
それが一層、気分を悪くさせる。
「ちくしょう。こんな時にガス臭いとは」
俺は道の端に行き、少しだけ吐いた。
やっとこさベンチを探し、そこに横になった。
夜空を見上げると、満天の星が瞬いている。
だが、すぐにまた「声」が始まった。
「イリチリヌ スリエルヲ ビニグリス・・・」
しっかりと俺の腹の中から声が響いていた。
「迷える者たちを総て召還せよ。青鴉」
また青鴉か。大体、「青鴉」って何だよ。
だが、俺はここではっと気が付いた。
「青鴉って名前は前にも聞いたことがあるぞ」
思案したのは一瞬だけだった。
「何てことだ。青鴉ってのは俺のことだ。青鴉は俺の中で眠っていたのだ」
ここで、これまでの出来事がかたかたと結びついた。
「ガスが漏れている」
さっきの店の地下から漏れたメタンガスが下水管を伝わり、外に噴出していた。
あの濃さでは、いずれ引火したら、大爆発だ。
「こりゃいかん。早く教えてやらねば」
すぐに起きようとするが、しかし、もはや体が動かなかった。
体が自分のものではなくなっていたのだ。
俺の体を支配していたのは、もはや「俺」ではなく「青鴉」だった。
青鴉は石のベンチに仰向けになり、夜空を見上げている。
「程なく、あの店の一帯は吹き飛んで無くなる。助かるのは五十㍍以上離れていた者だけだ」
遮蔽物の陰であれば、衝撃波を避けられるから尚更良い。
石造りのベンチなんかは最適だ。
そうして、俺はじっと「その時」を待った。
空には幾億もの星が瞬いている。
「だが、これは始まりに過ぎん。これから起きるのはこの何万倍の規模だからな」
地上に災禍の雨を降らす。アモンがそう言っただろ。
この青鴉の言葉を、俺はただ聞いている他はない。
俺はこの時、既に青鴉の意識のうちのごく一部に過ぎなくなっていた。
ここで覚醒。
追記)ちなみに、「お腹の中から声が聞こえる」というのは実体験だ。
微かに何かが聞こえると思って耳を澄ませてみると、お腹の中から「※※※※※じゃないのよ」と女の声で話す音が聞こえた。
さすがに衝撃的だったので、その後も時々、夢に観る。