日刊早坂ノボル新聞

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◎病棟日誌 悲喜交々 2/29「麻婆ではない」

病棟日誌 悲喜交々 2/29「麻婆ではない」
 木曜は通院日。
 左隣のベッドにいつものオヤジが帰って来ていた。数日間だが入院していたらしい。髪の毛が真っ白に化けていたが、かなりしんどかったのだろう。
 ま、この病棟の患者は誰もが、日常的に「危機」を抱えている。
 元右隣の患者は、左隣の患者のさらに左で、入り口に一番近い場所に移った。
 入り口からの距離が「重篤な順」だから、当方は三番目ということ。「自分より重いジジババがいるはずだが」と思ったが、さらに別の個所に「滅菌コーナー」がありそこも重篤患者のスペースだった。そこにはビニールのカーテンがかかっているが、そこにも三人。さらに完全個室が1床あり、そちらは「もうじき」の患者用だ。
 すなわち、「もうじき」が1、「滅菌」3、「入り口から」が2なので、当方は7番目に「あの世に近い人」だ。四五十人中の七番目だから、かなりのベテランだ。
 新しく右隣に入ったのが「四歳ジジイ」で、既に認知症が進行しているためか、もの凄く煩い。
 「痛いよ」と針を抜いたり、「腹が空いた」と騒ぐ。
 「飽きた」と起き上がる。
 四歳児なので、当たり構わず、とにかく叫ぶ。
 さすがに「何でコイツが俺より右にいるの?」と思った。

 大人しく紳士的な当方でも(W)、少しく「がるるる」となった。次あたりは、「俺のベッドかコイツの場所を替えろ」と言ってしまいそうだが、冷静に考えると、当方の場合は「友だち」に出動して貰えば良いのだった。
 そもそも、当方よりもコイツが右側だってことが腹が立つ。
 実際、我儘な患者は大人しい患者よりも少しだけ長生きをする。
 数日だけだが、とにかく騒ぐので、医師看護師がそっちにかかりきりになるためだとは思う。我慢するタイプはぎりぎりまで口に出さぬから、手遅れになる確率が増す。
 このジジイのの振る舞いが酷いようならアモンさまに耳打ちしよう。アモンさまのお札も作って置く。当方は因果応報派なので、こういうのに躊躇いはない。
 そもそも祈願や呪詛は犯罪にならないのは助かる。
 「とまあ、こういうのは総て妄想に過ぎない」と付け足して置く。

 病院食は麻婆豆腐。食堂で「アラ四十」患者のIさんが「この麻婆は美味しい」と看護師に言っていた。
 実際、病院食にしては美味い方だが、理由を考えたら「これは麻婆ではない」と気が付いた。豆板醤の類の中国味噌は使わず、和味噌を使っている。辛みも唐辛子ではなく胡椒だけ。病院食には唐辛子のカプサイシンは使えない。
 カプサイシンを多食すると精神に異常が発生するのは、どこかの半島人を見れば一目瞭然だ。短絡的で気が短くなり、発想自体がおかしくなる。麻薬と同じで、自分が常軌を外れた振る舞いをしていることに気が付かない。
 要は「麻婆豆腐」ではなく「肉味噌豆腐」なのだが、見た目が麻婆なのでそうなっている。実態は「和風麻婆」なのだが、ここは日本人お得意のアレンジ力で転換させれば、麻婆豆腐よりも美味い豆腐料理に化けるかもしれん。
 あまり辛くないのに美味い。

 帰宅してから、普通の麻婆豆腐を作り比較してみた。
 陳健一さんが偉大だと思うのは、陳さんの麻婆のレシピの基本ラインを守るだけで、インスタント中華でも美味くなることだ。
 豆腐の下茹での頃合いとか、ひき肉、豆腐、ネギを入れる頃合いとか、基本的な段取りを守るだけで、細かい中国調味料などを飛ばしても美味くなる。
 さすが料理は手順が大事だ。
 よおし。次のテーマは「和風肉味噌豆腐」の追究だ。
 画像なし。外見は普通の麻婆だし。